座右の銘

意志あるところに道は開ける

メッセージ

「自分がやらなければ、今後30年間は解決されないであろう社会問題を変えていく」 これは、ビジネスに取り組む姿勢として自分に課したこと。現在、「安心・安全な地球環境をみらいの子ども達に渡していく」というテーマ設定のもと、”子ども服リユース事業”に奮闘しています。この事業をとおして、「子ども服はリユースが当たり前」という新しい価値観を世の中に広めていきます。

わたしの履歴書



1982年1月生まれ。184㎝の長身がトレードマーク。
高校で身長が急激に伸び過ぎたため、体のサイズ感が把握できていないという弱点を持つ。
「電車の扉で頻繁に頭を打つ」、「オフィスで電源コードに足を絡ませる」といったことは日常茶飯事。

幼い頃から自動車整備工場を営む父の姿を見ながら育ったので、自分で商売をしたいという独立心が強い子供だったようです。また、おじいちゃんやおばあちゃんと一緒に暮らしていたので、礼儀正しく、誠実に生きなさいという教えを日々叩き込まれていました。

小学校6年生の頃にJリーグが開幕して、カズに憧れ、地元の「福田中学校」ではサッカー部に入部しました。
サッカー部は、ちょっとモテるかもという想いがあったのは内緒です。

「長崎西高等学校」では、3年間を通して無遅刻無欠席で、中間テストや期末テストでは毎回好成績。苦手科目もなく通知表はほとんど満点だったことがちょっと自慢。この時に、「何でもやればできるやん!」という自信を持ちました。
当時のクラスメートだった大和とは、現在ボーダレス・ジャパンで一緒に仕事をしています。

幸運なことに指定校推薦をもらい、受験の苦しみなく「早稲田大学商学部」へ進学。
大学2年までは体育会系スキーサークルに所属し、冬は1ヵ月以上も雪山に籠るという生活。合宿費や用具代で年間100万円弱かかるので、オフシーズンはお金を貯めるために週5日も居酒屋でアルバイトをする生活でした。本当に、お父さんお母さんごめんなさいって感じでした。

大学3年生の時に、「このままじゃ、ダメだ!何のために東京まで来て勉強しているのだろう?」初めて自分の意志で人生を切り開こうと決めた瞬間でした。
幼い頃から商売をしたいと考えていたので、学生でも働ける(株)シーウェーブや(株)ガイアックスといったIT系企業でインターンシップを1年間経験しました。特に、韓国で開発された「カタログ閲覧ビューワー」を日本版にカスタマイズして大手企業に売り込むという経験を通して、ビジネスが世の中を変えているんだと実感した経験が僕のビジネスの原体験になっています。


吉田照喜

その後は、「商品を自ら企画して、それを販売し、アフターサービスまで設計する」といった一気通貫で事業を経験できる「(株)ミスミ」に入社しました。
誰よりも早く成長して商売人になりたいという強い決意のもと、与えられた仕事は120%の品質、スピードで仕上げるように毎日12時近くまで4年間働き続けました。
当時の事業リーダーにも、「メンバーで年齢的には一番若いけど僕をリーダーにしてください!」とよく自己PRをしていました。社会人の基礎を教えてくれたミスミの先輩達には本当に感謝しています。
このミスミの同期で出会ったのが、社長すーさん

僕がミスミで働きはじめて3年後。急に社長から電話があって「今度デニーズにご飯でもいこう!」内心「何かあるなー」と思いながら共に食事をしました。その場で、社長から「もうそろそろミスミやめてもいいんじゃない。一緒にやろうよ!」と言われその場でOKしました。

こうして始まった僕のボーダレス・ジャパン人生も順風満帆ではなく、入社後半年でまさかの倒産の危機に。そんな危機を乗り越えた後は急激に事業が成長していきました。そんな中で、「僕らが提供しているサービスで確実に幸せが増えている」と今、確信しています。その後も次々とミスミから転職してきた、元同期の作ちゃん李ちゃんという良き仲間達と事業を拡大させています。

BORDERLESS HOUSEAMOMAプロフィットセンターという数々の部署を経験し、現在は”子ども服リユース事業”を立ち上げています。これは2015年1月に息子が生まれたことをきっかけに、「子ども達が暮らす未来の地球環境を良くしたい」という想いからスタート。同年7月に、”USED SELECTSHOP FOR KIDS POST&POST”を福岡博多にオープン予定です。ユーズドセレクトショップという店舗コンセプトで、これまでリユースショップに来たことがないオシャレママに足を運んでもらえるお店づくりに取り組んでいます。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。