座右の銘

挑戦し続ける

なぜこの仕事をするか

様々な国の人と出会い、繋がることから新たな価値観や考え方を得ることで今よりもっとお互いを思いやり、尊重出来る環境を作れるように仕事に励んでいます。

わたしの履歴書

島根県雲南市という田舎で生まれました。電車やバスは1〜2時間に1本走っていたらいい方という環境のため、学校までの移動手段は自転車または歩きで通い、雪の積もるときも自転車をこいで学校に行っていました。また遊ぶことと行ったら川へいき魚をとったり、山を登ったりと自然豊かな環境で育ちました。

 

また、スポーツが大好きで、父親が野球をやっていた影響もあり、小学3年生から野球を始め、それからほぼ毎日が野球漬けになりました。小学校の頃から高校生の頃まで、勉強よりも野球中心の生活をし、野球を通して人との接し方や礼儀を学びました。

特に、高校時代は思い通りにいかず壁にぶち当たりながらも、その度に仲間に助けられ頑張ってきました。この経験がなければ今の自分はなかったと思います。

 

高校時代、勉強をした事がなかったことから、京都の短期大学へと進学。

短大では、他の大学へ編入した先輩から、海外についての話など多くの事で刺激を受けました。自分も4年制の大学へ編入し、海外の留学を決意し必死に勉強をしました。無事志望していた大学に合格すると、3回生の夏休みを利用し、カナダへの1ヶ月の留学へ行きました。

当時はほぼ英語も喋れず、カタコトながらも色々な国の人とコミュニケーションをとりました。

1ヶ月の留学後に、まだまだ学ぶことがあると感じ1年間休学し、再度カナダへ行きました。

 

その1年間の中では、語学の勉強だけでなく、日本語学校やリサイクルのイベントなど様々なボランティアに参加しました。また、バンクーバーの旅行会社でインターンをさせてもらい、語学学校にいる人たちに向けてのイベントの手伝いやツアーへの同行をさせていただきました。その時に国際交流を通じて多くの人々たちが繋がっていく場面を見ました。多くの国の人達と会うことで、考え方が大きく変わるきっかけとなり、今まで自分自身、他人事のように感じていた問題がすごく身近に感じるようになりました。特に、日本人の留学生とは違い、移住や仕事を探すためにきたという人に多く出会い、自分がどんなに恵まれていたかを再確認しました。国の経済的な理由、または政治的な理由で違う国での生活をすることに対してのハードルの高さも知りました。

その経験から国籍など関係なく多くの人が出会い、繋がり、新たな価値観や考え方を共有し、助け合えるような社会になればいいと思いました。そして、どんな人もどこでも自由に暮らせる世界になるようにしていきたいと思いました。

 

今後、まず多くの人がボーダレスハウスを通じて国籍を超えたコミュ二ティを作り、助け合えるような環境を作れるように精進していきたいと思っています。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。