座右の銘

Cool head but Warm heart

なぜこの仕事をするか

「全ての人が、差別されることなく、自分の生い立ちやルーツに誇りを持って生きられる社会をつくりたい」。その想いを、社会課題解決型コミュニティ事業を通じて実現していくこと!! 。

わたしの履歴書

李成一
韓国人の祖父を持つ在日コリアンとして、1981年7月大阪府にて産声あげる。姉二人の末子長男。
在日コリアン(在日韓国人)とは、主に1910年韓国併合を機に、日本へ移住した韓国人およびその子孫のことを指します。
何不自由なく育ってきた幼少期でしたが、小学校への入学を機に初めて人との「違い」を感じることとなります。いつも一緒に遊んでいた近所の友だちとは違う、朝鮮学校に通うことになったからです。朝鮮学校とは、日本の学校でおこなわれる一般的なカリキュラムはすべて韓国語でおこなわれ、韓国・朝鮮の歴史や思想も学ぶ学校法人ですが、いわばとても特殊な学校でした。
しかし同じコミュニティの中では皆同じ、他の学生となんら変わらないごく普通の学生生活を送っていました。

学生時代はバスケットの部活に明け暮れる日々。バスケを始めたのはもちろん、そう、スラムダンクの影響が200%でした。学生時代の私はどちらかというと引っ込み思案で小心者。しかしそんな性格とは裏腹に、学級委員や部活のキャプテンなど、ことあるごとにリーダーの役割を任されてしまいます。まったくリーダー気質ではなかった半面、人を巻き込むコミュニケーション力について人より長けていたかもしれません。。
しかし、ごく普通の生活を送りながらも、「日本人ではない」我々のコミュニティは、常に差別や偏見が隣り合わせ。近隣の学校や住民とのもめごとも後を絶たず、外部からの差別的暴言などはもう慣れてしまい聞き流してしまうほどでした。
そんな自分が初めて、その世間との「違い」について改めて深く悟ったのは大学生の頃。
初めて接する同世代の日本人と交流を通じて感じたのは、その自分と世間とのこの「違い」が、自分にとって強烈な「キャラクター」であると同時に、それが何よりも誇らしい「自分らしさ」であり「プライド」になっていたということです。その後の韓国留学でも同じく、韓国語を話しても現地の韓国人と「違う」存在ではある自分が、彼らと強い信頼関係を築くことができたのも、相互の「違い」を拒まず、許容したからこそお互いに認め合えたのでしょう。
私はこの「違い」に胸を張れる強さを築いてくれた今までの環境とコミュニティに、そして、それを受け入れ偏見を持たず理解してくれる仲間に心から感謝しました。
しかし一方で、育った環境や肌の色、ルーツの「違い」を理由に、本当の自分を表現できずつらい想いをしている人が日本そして世界中にたくさんいることが実情であり、また、国籍や境遇、価値観の「違い」を相互理解できず認めあえないことが、様々な衝突や争いを生む最も大きな原因であることもまぎれもない事実です。
私は自分の経験と想いをもとに、そんな人たちや世の中の助けになれるような仕事、人を変えるきっかけを与えられるような事業をしたいと、この頃初めて強く思ったのです。

自己実現のために、まずは徹底的に自分を鍛えられるハードな環境を求め、「①大都会東京、②エリートが集う一部上場企業」という単純な発想から就職活動を経て、ミスミに入社しました。
この単純な発想は後に大きく実を結びます。ミスミの同期であり現会長のすーさんと初めて出会い、彼らのビジョンを目のあたりにした時の、強烈な印象と自分への甘さ・危機感を持ったことを覚えています。
前職では、商品企画開発、営業、マーケティング、顧客管理、財務管理など経営に関わる全ての業務について携わり、ビジネスのノウハウを厳しく徹底的に身に着けることができました。当時はスーパールーキーと呼ばれ年商数億円の商品開発も任され、海外メーカーと取引をしたりスケールの大きな商談をしたりと多忙を極めていました。
しかしそんな日々に満足感を得てしまい、当時の熱い想いにはフタをしてしまっていた自分がいました。そんな自分に気づかせてくれたのが、同じミスミを2年で辞め今のボーダレス・ジャパンを起業した田口、すーさんであり、同じボーダレスでイキイキと自分の志の実現に向けて働くよっしーや作ちゃんたち仲間の姿でした。
改めて自分の志に向かってまっすぐに生きていく決意をし、7年間ビジネスのノウハウをたたき込んでくれたミスミとその仲間から、涙ながらに「卒業」することとなります。

ボーダレス・ジャパンではBORDERLESS HOUSEのプロモーション担当、事業統括を得て、まずは自分の目標であった「韓国でビジネスをする」という想いの実現に向けて、BORDERLESS KOREAの立上げ・支社代表を務めることとなります。
そして韓国ソウルで事業を軌道にのせた後、日本に帰国後全体統括としてBORDERLESS HOUSE社社長に就任しました。
ボーダレス・ジャパンでのソーシャルビジネスを通じて、一つでも多くの事業を創り、そして一人でも多くの人に真の幸せと喜びを届けられる企業家になるため、ビジネスの最前線で爆進中です!!

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。