ボーダレス・ジャパン コピーライター/クリエイティブディレクター 神谷 崇範

わたしのHOPE
カジュアルに助け あえる世界をつくる

誰かに助けてもらうことも、誰かを助けることも、知らない人同士だとハードルが高いというのが今の社会。「助けてほしい」と「助けになりたい」という気持ちがもっとカジュアルに握手できる社会をつくりたいです。

HISTORY

これまでの歩み

  • 23

    新卒でコピーライターとして広告会社に入社

    多様な業種の広告を経験するうちに、より川上のモノづくりから関われる環境を求めて事業会社へ。

  • 29

    花王(株)入社

    社会の役に立つブランドづくりを長年経験し、スキルをもっと社会のために生かす術を模索する

  • 40

    複業で社会を広く知る

    コロナ禍に、人生と仕事の視野を広げるため複業を開始。ボーダレスの仕事に出会う。

  • 43

    ボーダレス・ジャパン入社 

わたしの物語 わたしの物語

01

どうしてボーダレスに?

大学卒業後、広告会社でコピーライターを6年経験。金融、住宅、総合商社、食品、通信、ファッションなど多様な業種に関わり、コピーライティングのベーススキルを磨きました。

その後、広告よりもっと川上から関わってみたいと思い、花王に転職。 コピーライター/ディレクターとして、プロダクトコンセプトからコミュニケーションの企画・制作まで経験しました。

お客様の想いに徹底的に寄り添う姿勢や製品の機能価値の先にある本質価値を学べたことがクリエーターとして大きく成長させてくれました。 その傍らで、見聞を広げるために副業としてボーダレスの仕事をお手伝いすることに。

そこで知ったのは、この社会にはたくさんの課題があり、そのほとんどがまだ知られてすらいないという現実。そして、それを何とか解決したいと挑む人たちがいる、という希望でした。

「目の前にいる起業家の力になりたい」 そんな想いで書いた事業のコンセプトに起業家が涙を流して喜んでくれる事もありました。

「自分のスキルは社会を良くする手助けになる」 そう確信して、ボーダレスへの入社を決めました。

02

今の仕事のやりがいは?

入社して最初に任されたプロジェクトはボーダレスのリブランディングでした。

「いきなり10年に1度の大仕事!」 会社の根幹を作ると同時に、多くの人にボーダレスの本当の姿を知ってもらう重要プロジェクトに身が引き締まりました。

そしてその仕事のプロセスこそ私自身がボーダレスの本質と仕事のやり方を知る最高の機会になりました。 その他にも新規事業の立ち上げ支援や既存事業のリブランディングなども手がけています。

今まで磨いてきたクリエイティブスキルはもちろん活かせますし、現場で学べるボーダレス流の仕事術も多く、ここでクリエーターとしてさらに進化できると確信できました。

特に驚いたのは、数多くのプロジェクトが日々生まれ、物凄いスピード感で世に出ていく光景。

自分自身もギアを上げていかなければと思いましたし、自分でプロジェクトも作ってどんどん世の中に出していきたいと感じました。

すべての仕事が、社会の誰かの希望につながる。

そう肌で感じながら働けることが、最高の喜びです。

03

次のチャレンジは?

意志あるところに仕事が生まれるボーダレスでは日々、企業としての可能性も、クリエーターとしての自分自身としての可能性も、ボーダレスに広がっていると感じます。

これから挑戦したいのは、日本中の人が社会課題とその解決に関心を持つきっかけになるようなプロジェクトをたくさん実現していくこと。

その先に描いているのは、今よりもっと「カジュアルに助けあえる世界」です。 人間が本来持っている、助け合う本能を刺激するようなアプローチを研究して、たくさんの社会実験を繰り返して、必ず成功させたいと思います。

それからもう一つ、ボーダレスといっしょに社会をより良くしたいという仲間をたくさん集めたいです。 多くのクリエーターがその力を社会課題解決に活かす選択肢を、チャレンジしたくなる土壌を、作っていきます。もし興味があれば、ご連絡ください。

MEDIA / AWARD

メディア出演・受賞歴

PROFILE

神谷 崇範

1980年生まれ、千葉出身。
早稲田大学卒業後、広告会社コピーライター、花王(株)コピーライター/ディレクターを経て、2023年、ボーダレス・ジャパン入社。ブランドスタジオを立ち上げ、リブランディングプロジェクトを推進。「クリエイティブの力で、良い社会を共創する仲間を日本中に増やす」をミッションに、今の自分という枠をはみだしながら挑む。どんな仕事も「ひとりの心を動かせるか」にこだわる人。

わたしが働く会社