
今回も引き続き、聴覚に障害がある方のためのソーシャルプロダクトをご紹介します。聴覚障害者の数や、今後の見通しなどは前回お話しした通りで、特に日本では高齢化に伴って聴覚に困難のある人の数は今後も増加していくと考えられます。
そのような状況に対し、どのように対処していくべきか。今回は補聴器以外の方法をご紹介します。
補聴器と眼鏡
眼鏡と補聴器、役割としては視覚または聴覚の「補助」という点で共通性があります。眼鏡をかけている人はたくさん見かけます。しかし、補聴器をしている人はほとんど見かけません。
この違いはどこにあるのでしょうか?そもそも、眼鏡が必要の人口と、補聴器が必要な人口の違いもあります。
日本では、2人に1人は眼鏡又はコンタクトレンズを着用しているとされています。一方で先進国各国では、自覚している人を含めた難聴の人口はおおむね10%前後といわれています。つまり、10人に1人は難聴の可能性があるということです。
また難聴者の補聴器装用率は、アメリカが24.6%、イギリスが41.1%、フランスが30.4%、ドイツが34.0%であるのに対し、日本はわずか14.1%であるといわれています。
(以上のデータ:欧州補聴器工業会,「EuroTrak2012」より)
少々乱暴ですが、補聴器装用率を10%としても、100人に1人は補聴器をつけていることになります。しかしそれであれば1日1人は見かけてもおかしくないと考えられます。
ではなぜ、めったに見かけないのか。さらには、欧米に比べてなぜ装用率が低いのか。答えの一部には、小型化や外見の変化により気づかない、ということもあります。しかし、それに加えて補聴器に対する抵抗があり、付けている場面が限られているからだと考えられます。
つまり、「補聴器=障害者」、「補聴器=高齢者」というイメージが根強いと考えられます。古いデータですが、日本国内で実施した補聴器に対するイメージのアンケートでは、プラスイメージが27%に対しマイナスが46.4%という結果になっています(全国補聴器販売店協会,2002)。 今後来る超高齢社会に向けて、このようなマイナスのイメージを払拭することが重要になってきます。
会話の明瞭性
しかし、「補聴器があるから、少し恥ずかしいけどつければ老後も安心」というわけではないようです。補聴器は音を拾う助けをしてくれる機械です。しかし、拾った音を「声」にするには、脳がきちんと認識する必要があります。補聴器はここまで助けてくれるわけではありません。きちんと聞こえるためには、ただ大声であればよいわけではなく、言葉の「明瞭さ」も重要になってくるということです。
例をとって説明すると、虫眼鏡を使った観察をするとき、虫眼鏡を覗けば確かに対象物は大きく見えます。しかしそれだけではピントが合いませんね。観察するには、ピントを調節して合わせる必要があります。このピントを合わせる作業が、「明瞭性」を調節しているということです。
今回ご紹介するComuoonは、この「明瞭性」にフォーカスした商品です。
コミュニケーションのストレスを軽減する
Comuoonは、卵型のスピーカーで、オーディオやマイクなどにつなぐことで、音が明瞭になり、聞き取りやすくなります。これは、周波数が高く聞き取りにくい人が多い子音などをカバーすると同時に、高い指向性(音波が進む方向)を確保することで部屋内での声の反響を抑え、はっきりとした聞こえを可能にしています。
Comuoonが意義深い点は、補聴器ではカバーしきれない明瞭性という点に着目し、補聴器が必要ないレベルにまで改善した点です。Comuoonにより、中等度の難聴や、老人性の難聴などの方が補聴器を使う必要も軽減され、コミュニケーションの満足度も向上したといわれています。
補聴器は、基本的に音を無差別に拾うため、周囲の雑音など必要のない音も増幅されて聞こえます。その結果、普通の人では何でもない音が補聴器では騒音になってしまうこともあったようです。Comuoonを使うことで、補聴器がなくても聞こえが改善され、不必要な騒音に悩まされることもなくなります。
また、もう一つはコミュニケーションに対する満足度を向上させるという点にあります。聞こえに問題がある方々に対してのコミュニケーションでは、同じことを繰り返す必要や声を必要以上に張る必要があり、聴き手・話し手双方のストレスになります。
その結果、聞こえに問題を抱える人は積極的なコミュニケーションを控えるようになるともいわれています。これを回避できるという点でありがたいものです。
対話者ができること
Comuoonの開発者、中石真一路氏は聞こえに関して問題を持っているわけではありませんが、父親が難聴だったそうです。そこで「難聴者が聞こえやすい環境を作る」ことを目標に、難聴の人が補聴器をつけるのではなく、話し手が何とかする、という観点から開発しました。
当初は、聞こえに問題のない中石氏の考えは理解されず、大変苦労したようですが、現在では学界でも有用であるとの報告が出され、医療機関や学校などに徐々に導入されているようです。中石氏自身も、NPOを立ち上げ、Comuoonの提供・導入に注力しています。
車いすに乗る、眼鏡をかける、補聴器をつける、などは、「障害者が周りの環境に合わせる」という方向でのバリアフリー化だといえます。一方でComuoonは、話し手が何とかする=「環境を難聴者に合わせる」というまさに「逆転の発想」で生まれた、バリアフリー社会を目指す中で参考になる事例ではないでしょうか。