
今回取り上げるビジネスは、軍隊に関係するビジネスです。日本では、もう少しの間は縁遠い話かもしれません。
製造業の「ムダ」
製造業における悩みの一つに、「余剰」「B級品」が挙げられると思います。どんなに生産工程の正確性を上げても、必ず数パーセントの完成品はB級品になってしまうし、余剰は必ず出てくるものですね。
アメリカの軍隊と産業
「世界の警察」を自認していたこともあり、日本をはじめとして世界各国に基地も持っているアメリカは、160万人近い現役軍人を抱え、予備役や準軍事組織を含めると240万人を超えるといわれています。(規模にして世界第2位。1位は中国です。)
つまり、それだけの装備を維持する産業も存在するということです。その中には、銃や戦闘機、潜水艦などの重化学工業だけでなく、制服、ベルト、ヘルメット、バッグや食糧などの軽工業も含まれています。
軍事関係の技術は、常に時代の最先端を走るものが採用されています。たとえば布は、風雨や紫外線、火に対しても強く、破れにくいものです。軍需産業で生じた余剰やB級品はかなりの量に上ると考えられますが、大体のものが廃棄されてしまうようです。
退役軍人の問題
アメリカは、現役軍人だけで160万人を抱え、太平洋戦争以後も数々の軍事行動を行ってきたことから、退役軍人の数も膨大になっていると考えられます。実際、退役軍人の医療や恩給などを取り扱う退役軍人省は、職員が28万人と政府で2番目に大きい組織です。(1番は国防総省、軍人を含む。)
また、在郷軍人会(退役軍人の組織)は会員数が250万を超えるということからも、その規模の大きさが感じられます。
過酷な軍役を乗り越えた「英雄」ともいえる彼らですが、退役後にホームレス、もしくはそれに近いに状態に陥る人も多いといわれています。実際に派兵された人たちは、PTSDを抱える人やアルコール・薬物依存などを抱え、自殺してしまう人も少なくないといわれています。退役後の社会復帰は、アメリカが抱える大きな問題の一つです。
余剰物資×退役軍人
アメリカの企業、Sword & Ploughはこの二つの問題に取り組んでいます。軍人の家庭に生まれたEmily Nunezが立ち上げました。軍人の家庭に生まれ、自らも勤務経験があるなど、軍隊に関わりの深い生活をしていた彼女は、退役軍人の問題を知っており、周囲の友人が意外と軍隊について知らないことに問題意識をもっていました。
そんな中で、ソーシャルビジネスのセミナーにおいて、Acumen Fundの創設者であるJacqueline Novogratzのスピーチを聞いた後、軍の供給過剰品と退役軍人を結び付けることを思いつきます。(スピーチの内容はコーヒーコンポストによるマッシュルーム栽培をする大学生の話だったようです。)
商品生産のプロセス
Sword & Ploughの商品は、現在85%が軍の余剰生産品によって作られています。各企業から集められた資材は、退役軍人を支援するNPOや、退役軍人が経営または、働いている企業に送られ、商品化されます。そして、純利益のうちの10%が、退役軍人の支援や社会復帰を支援する団体に贈られるようです。
デザインや実際の縫製なども、退役軍人が関わるようにしており、所有する施設に退役軍人を雇用するなどの取り組みを行っています。このように軍隊用に作られたものを、退役軍人が作る。これを打ち出していくことでユーザーの軍隊に対する理解を進めていくこと。これもSword & Ploughのミッションの一つになっています。
環境にも、優しい
このビジネスモデルがさらに優れているところは、環境負荷も少ないというところです。使わなければ捨てられてしまう軍隊の余剰品を集めるので、新しく生地を作る必要もありません。現在までに、25,000ポンドの余剰品を利用したようです。また、余剰品以外の資材も、国内産を調達することで輸送にかかる環境負荷の削減にも取り組んでいます。
こうして、スタイリッシュかつ防水性・耐久性に優れた丈夫なものが出来上がります。
Sword & Ploughの商品のような、何もしなければ捨てられてしまうようなものを利用して、商品化することは、”Upcycling”と呼ばれており、アメリカではちょっとしたブームになっているようです。
アップサイクリングは、日本でも取り入れているところがあります。たとえば、中日本高速道路株式会社や首都高速道路株式会社などが、高速道路に使われていた横断幕をバッグにする取り組みを行っています。
日本ではどうだろうか?
Sword & Ploughは2013年にスタートし、まだまだ成長途上ですが、全米で大きな問題となっている退役軍人の問題の解決に取り組み、かつ環境問題にも取り組んでいる画期的なビジネスといえます。
また、Emily Nunezのひらめきは、講演を聴いて得たという点、自分の問題意識を常に結び付けて、チャンスを見出すという姿勢は企業家にとって必須ですね。
日本では、退役自衛官が問題になることはあまりないですが、ホームレスの方の社会復帰や、障害のある方の雇用問題などは存在しています。Sword & Ploughのビジネスモデルは、このような問題と何かを組み合わせて、ビジネスにできるという大きな示唆を与えてくれるのではないでしょうか。