今回は、『チェンジメーカー』(2005年,渡邊奈々著,日経BP社)でもとりあげられているNPO法人、Common Groundを取り上げます。

Aravind Eye Hospital同様に非常に有名な事例ですが、その考え方やモデル、社会に与えた影響を考えると、取り上げないわけにはいきません。ソーシャルビジネスのお手本のような事例だといえます。

アメリカのホームレス事情

金融恐慌以来、ホームレスの数は減らず、むしろ増え続けているとされています。ニューヨーク市では、2014年時点で家と呼べる場所を持たない人は、約6万人、そのうち子どもが2.5万人もいるといわれています。

緊急の避難所(宿泊所)や、炊き出し(Soup Kitchen)、家賃の安い公営住宅などの提供は行われていますが、追い付いていないのが現状のようです。ほかにもキリスト教系の団体などによる、ホームレスの支援が行われている一方で、一部の州では公共の場でホームレスに食べ物を提供することを禁止する法律もあり、物議を醸しています。

アメリカではホームレスになってしまう人の半数が、うつ病などの精神障害や、アルコール・薬物依存、HIV感染、その他身体的な障害を持っている方などが多いといわれています。戦役から帰還した退役軍人が、PTSDやアルコール依存症を発症し、社会になじめずホームレスになってしまうケースも多いとのことです。

ニューヨーク、タイムズスクエア周辺

ホームレス対策にかかる費用

このような人たちは、シェルターなどにも入らず、路上⇔病院⇔拘置所を行き来するような生活を繰り返してしまいます。これが行政の費用圧迫の原因とも言われています。

ニューヨークでは、精神障害のあるホームレスの人たちにかかる一泊分の費用は以下のようになるようです。(Common Groundのホームページより)
・シェルター(シングル):74ドル
・拘置所:220ドル
・刑務所:125ドル
・州立病院:1,185ドル
また、その他費用を含めた1年間では、このような宿泊費、医療サービスなどの行政負担額が56,350ドルにもなるといわれています。

ホームレスの援助は、重大で急を要します。

コモングラウンドの革新的な点

コモングラウンドの特徴的な点は、「まず住まわせる(Housing First)」という点です。

入居できる対象は、長い期間ホームレスの状態になっている人と、ホームレスに転落しかけている人です。彼らはどのような状況に置かれていたとしても、入居が可能です。これは、ホームレスなどで問題を抱えている人たちは、安定した「家」があることで、薬物依存などの諸問題に対処ができるようになる、という考え方に基づいています。

これに対し、従来のホームレス対策「階段式(Staircase)」と呼ばれます。

これは、最終的な目標に「自分で家を借りること」を置き、シェルターや公営住宅を転々としながら、彼らの抱える諸問題(薬物依存など)を解決していくという方法です。(日本もこちらに近いのではないかと思われます。)

ホームレスやその予備軍は、周囲の環境によってそこから抜け出せない状況に置かれている、とすると、「階段式」の方法では周囲の環境を変えられないことがあります。たとえば、薬物依存であれば、薬物を売っている地域の近くに住むため、売人と接触する機会も増える結果、いくら抜け出そうとしてもできない状況になってしまいます。

まずは安定した家を提供することで、環境を変えて彼らの抱える問題に取り組んでもらう、というのがコモングラウンドの考え方に反映されています。

コモングラウンドの住居は大体このようなきれいな感じです。

Housing Firstを補強する役割

コモングラウンドの入居者は、ホームレスの状況から脱したいと思っている人たちです。建物を丸ごと一つ使うため、100部屋以上あることが多く、たくさんの入居者が集まってくることで、建物内ではいわゆる「コミュニティ」が形成されます。このコミュニティに参加することで、社会復帰と、それぞれの問題解決にも協力しあう力が働くことになります。

部屋は清潔な1Kでキッチン、洗濯機が必ずついています。また他の団体と協力し、建物内ではメンタルケア/ヘルスケアを提供しており、共有スペースとしてリビングやジム、パソコン室もおかれています。さらにはパソコン教室や職業訓練活動なども開催されており、社会復帰を支援する仕組みも整っています。

日本で人気のアイスクリームブランド、Ben & Jerry’sの一部店舗のフランチャイズ権を譲り受け、ホームレスの職業訓練として活かすなどの取り組みも行っています。

こうした仕組み、取り組みによって、今までに7000人以上のホームレスの社会復帰を支援できたということです。

コモングラウンド、タイムズスクエアの共有スペース

Common Groundの成功

コモングラウンドの住居の運営に欠かせないのは、行政の協力です。入居者が具体的にいくらくらい払っているか、というデータは見つかりませんでしたが、低所得者向けのアパートという性質上、資金調達は不可欠です。

この取り組みに行政が積極的である理由の一つが、行政負担がむしろ軽減されるという点にあります。先ほど述べたように、問題を抱えるホームレス一人にかかる行政支出は年間56,350ドルです。一方で、コモングラウンドへの支援では、24,190ドルに抑えることができ、つまり60%ほど安くすることができます。

また、コモングラウンドがこのような取り組みをすることで、周囲の治安状況も劇的に改善します。たとえば第一号のTimes Square Hotelは、かつて高級ホテルとして知られていましたが、買い取り当時の周辺の治安は荒れ放題、犯罪と薬物の巣窟となっていました。

それが、コモングラウンドの登場により、周辺環境の劇的な改善と、地価の再上昇をもたらしたといわれています。

このような相乗効果が期待できるのであれば、政府がお金を出すのも納得です。

現在では、コモングラウンドのようなモデルは各州や各国で模倣されています。たとえば、ユタ州でも、“Housing First”の概念を取り入れることで、2013年までの8年間に7割のホームレス削減と、財政支出の削減ができたといわれています。

コモングラウンドの施設内には、ジムも含まれています。

コモングラウンドからの学び

Common Groundは、Ben & Jerry’sやそのほかの団体との取り組みも積極的に行い、ホームレスに対する包括的な支援のプラットフォーム的な存在になっているとも考えられます。

問題に対するアプローチ方法を大胆にも真逆に変えるなどの姿勢は、貧困など複雑な問題に取り組むときには非常に参考になりそうです。

Common Groundは、創立者のRosanne Haggertyが大学の卒業後に経験したボランティアをもとに立ち上げました。実績のない初期の資金調達などは、かなり苦労したと考えられます。しかし、創立者Rosanne Haggertyの熱意によって押し通し、実績によって支援者を拡大してきました。創立の経緯などの詳しい話は別の書籍に譲りますが、問題に対する熱意や姿勢は学ぶべきものがあります。

日本の状況

日本の取り組みはどうなっているでしょうか?

日本には、2014年時点でのホームレスの状態にある人たちが8,000人程度いるといわれています(ネットカフェに寝泊まりする「ネットカフェ難民」の数を含んでいない点は大きな問題です)。

その人たちも、何かしらの精神的な疾患を抱えている人が多いとされ、アメリカと同様にNPOや宗教法人が支援を行っています。この点ではアメリカと同じです。

一時宿泊所や、ハローワークによる仕事の紹介などの公的な支援は一応ありますが、生活保護には住所や身分証明が必要であるなど困難があり、あまり認定されていないのが現状のようです。つまるところ、いわば“Staircase”の取り組みだけです。

“Housing First”の取り組みが期待されるところですが、日本は都市部の地価が高く、大きな建物が少なという弱点もあげられます。一方で、シングルマザー専用のシェアハウスなど、シェアハウスの形態も多様化している点は評価できます。
このような取り組みが、新しいカタチに実を結ぶと、コモングラウンドのような好例が現れてくるかもしれませんね。

※コモングラウンドの施設、部屋の画像はコモングラウンドホームページより引用