
ソーシャルビジネスラボ、今回の舞台はまたもやインドです。インドは煙の出ないコンロやAravind Eye Hospitalなど、画期的な取り組みが多いですね。
母体の健康の重要性
インドを含めた途上国では、出産が原因で死亡してしまう率が、先進国と比べると格段に高くなっています。10万人当たりの死亡数でいえば、日本は6である一方、インドは190、ケニアは400、シエラレオネでは1,100にも及びます。インドは年間の死亡者数が50,000人にも及び、絶対数的に世界最悪となっています。
死亡の原因を見てみると、1位は下痢やマラリア、HIVなど、出産前に持っていた要因が悪化することによるもので、28%を占めます。そして2位は出血多量(27%)、3位は妊娠高血圧(14%)、4位は産褥熱となっています(11%)これらのことはすべて、妊娠中からきちんとケアをしておけば十分に防ぐおことができるものです。
生涯に産む子供の数も多い途上国では、母体の死亡率が高い=出産のたびにリスクに直面することを意味しています。これは健康面のみならず、エンパワーメントの面からも、重大な問題になっています。
インドでの出産事情
日本ではほぼすべての出産に、医師や助産師の立ち合いが行われますが、インドでは立ち会う確率は57.3%にとどまります。これは、インドでは自宅の出産が多いことが原因です。そもそもインドでは出産に対し、4つの選択肢があります。
一つ目は、公立病院を使うこと。ここは安いけれども、道具は不十分です。
二つ目は、私立病院。設備はそろっているけれども、インドの大半の住民には手の届かない金額が必要です。
三つめは、小さな病院や助産院。ここでは、技術もバラバラ、価格の設定も不明瞭で信頼できるところがありません。
そして、四つ目は自宅。周りに病院がない場合、またそもそもお金がない場合はこの手段にならざるを得ません。
つまりは、選択肢といえども多くの人は自宅で出産せざるを得ない状況にあるわけで、医師や助産師の立ち合い率も低くなるし、出血多量や感染症で死亡する確率も高くなってしまいます。
ハイデラバードでの取り組み
インド中南部のハイデラバードのLife Spring Hospitalは、このような状況を改善するために生まれたジョイントベンチャーです。現在市内に12病院を展開しており、2014年8月時点で30,000例の分娩を行っています。
そのLife Spring Hospitalのモットーは、“Sage, Clean, Affordable(安全、清潔、手頃)”です。外来での産婦人科医の診察は1回1.6ドル、小児科医の診察は1回2ドルで行っています(2015年時点)。これは私立病院の1/6~1/2の値段(古いをデータをもとに算出)です。また、自然分娩は90ドル、帝王切開は205ドルで行っており、それぞれが私立病院の1/9、1/6の値段になっています(入院~退院まですべて含んだ額)。
それでいて、クオリティは私立病院と変わらないのだからすごいですね。公立病院の価格はLife Spring Hospitalよりも安くなっていますが、設備と安全性のことを考えるとLife Spring Hospitalを選ぶようです。実際、この病院の顧客の60%は、1日2~5ドルで生活している、日雇いやインフォーマルセクターでの労働者層のようです。
では、なぜここまで安くすることができたのでしょうか?
救急車なし、病棟なし?
Life Spring Hospitalは、徹底したコストカットと業務の効率化を行っています。診療内容は、妊娠~出産のみです。また、病棟は古いものを借りており、複雑な機械もありません(資料は古いですが、せいぜい超音波診断できるレベルのもののみ)。部屋は選べますが、もっとも基本のプランでは食事もつかず、部屋は共同、エアコンなし、仕切りのカーテンもないようです。
救急車も持っていません。代わりに、ターゲットの層が住んでいる工場地域の周辺などに開設をすることで、交通費などを抑えられるようになっています。研究機関などもなく、それはすべてアウトソースしています。
また、医師や看護師の回転率はとても高く、一人当たりに担当する患者数も、手術数も多くなっています(普通の2倍強)。医師も看護師も現地の人を固定給で採用しているようです。これによって、患者の負担する人件費も軽くなります。
Life Spring Hospitalはこれに加えて、訪問診療も行っているようで、医師が出向いて診察することも可能ですし、そこで女性に対してアドバイスをすることもできます。また、認知活動のために妊婦さんの無料診療や子供の無料予防接種を実施したりもしています。これによって、口コミで地域の病院として根付くようになっています。
このような経営努力により、外来は私立の3倍、入院は7~8倍の来院があり、スケールメリットを生かした器具や薬品の購入もできるようになる。こうして利益も生み出せるという構図です。今後は、州をまたいで拡大をしていくようです。
顧客である女性が、健康をコントロールできるように
Life Spring Hospitalの問題意識には、女性が自分の健康をコントロールできていないインドの状況があります。インドでは女性の地位はまだまだ低く、ましてお金も十分にないので満足な医療を受けることができていません。
妊娠・出産を通じて女性に自分のことを知ってもらい、自分の身を守れるように力を付けていく。これがLife Spring Hospitalの目標です。
無駄を省く
Life Spring Hospitalは、立地条件なども徹底的にターゲットが来やすいように調整をしており、口コミを利用するなど(紹介しませんでしたが、リターン率を上げるためのクーポン制もあるようです)、マーケティングに近いスキルを使っている点が面白いところですね。
さらに、Life Spring Hospitalと、Aravind Eye Hospitalのビジネスモデルに通じるものがあります。それは、薄利多売の原理に近いものです。
日本においては、サービスにいかに付加価値を付けていって売り出すか、ということが議論されることが多く、思いきって無駄を省き、必要なサービスだけを提供するという視点は抜けがちですね。
生活保護や日本での貧困対策にも、この視点は利用できるかもしれません。
※写真はLifeSpring Hospitalsのホームページより引用