
今回のテーマは「食糧ロス×貧困問題」です。食糧ロス、と聞くと食べ残しのことかと思ってしまいますが、今回は先進国の食品廃棄や、途上国の飢餓問題とは少し違ったユニークな切り口です。
飢餓と飽食
飢餓は、今世紀に入ってかなり改善されたといわれており、1990年と比べると、飢餓に苦しむ人口の割合は半減したといわれています。しかし依然として、世界ではおよそ10億人、つまり7人に1人は飢餓状態にあるといわれています。
図 1 世界の飢餓指数-赤いほうが飢餓がひどいといえます。
("Whi2009 karte" by muehlhaus & moers Kommunikation - Welthunger-Index 2009: http://www.welthungerhilfe.de/whi2009.html. Licensed under GFDL via https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Whi2009_karte.jpg#/media/File:Whi2009_karte.jpg)
他方で、世界において年間13億トンの食糧が廃棄されているということも事実です。これは総生産の1/3にも及ぶと言われています。サハラ以南アフリカと 南・東南アジアではたった6-11kg/年ですが、ヨーロッパと北アメリカで消費者によって捨てられる1人当たりの食料は95-115kg/年にも及ぶといわれています。
先進工業国の消費者段階での食料ロス(2億2,200万トン)は、サハラ以南アフリカの食料の純総生産量(2億3,000万トン)とほぼ同じです。
途上国の食品ロス
先進国の食品廃棄の問題と、解決策は次の回に譲るとして、今回は途上国食品廃棄に着目したいと思います。
途上国でも、一人当たり30%の食糧ロスが生じているといわれています。食糧のロスは、食糧供給に対してはもちろんのこと、市場に出回る前に廃棄するため、出荷量も減ることになり、農家の収入にも深い悪影響を及ぼしています。
図 2 各地域における消費および消費前の段階での1人当たり食料のロスと廃棄量
(国際農林業協働協会(JAICAF)「世界の食料ロスと食料廃棄 」より作成)
その食糧ロスの40%以上は収穫後と加工段階で発生しているといわれています。収穫技術や、保存方法の問題が大きいです。きちんと乾燥していなかったために、真菌(カビ)に侵されてしまう、また衛生的なところに保管していない、何度も同じズタ袋を使うなどで、ネズミなどのげっ歯類や、害虫に食べられてしまうなどが原因のようです。
また、殺虫剤の不適切・過剰な使用によって、残留農薬や環境汚染などの心配も近年では持ち上がってきています。この問題を解決し、農家に収入を、世界に穀物をもたらそうとしている企業が、今回のVestergaard社です。
シンプルな解決策
Vestergaard社が、収穫後段階の食糧廃棄を減らすために考え出したのが、Zerofly® storage bagsです。簡単にいうと、殺虫剤がしみこませてあるポリプロピレン製の”ズタ袋”です。
ポリプロピレンは、強度が高く、吸湿性がない上、酸・アルカリなどの侵食にも強い素材といわれています。入れる前にきちんと乾燥させれば、カビの心配も少なくなります。
殺虫剤は、FAOやWHOでも安全とされた農薬を、当然基準以下で使用しています。それでも再び殺虫剤をしみこませる必要もなく、2年は持つとのこと。(もちろん、きちんと乾燥させ、虫がいないかをあらかじめチェックすることは必須です。)
これによって、最も心配である「虫」と「カビ」の心配がなくなることで、農家が市場に出せる量も増え、収入も少しだけでも安定化につながります。さらには、この袋が流通することで食糧の生産量向上も見込むことができます。
企業家精神で、地球をもっと健康に
Vestergaard社は、このようなミッションをもち、弱い立場にある人たちの健康問題を解決することにフォーカスした企業です。同社は、国連や援助機関と提携することで、本当に必要としている人たちのもとへ届き、大きなインパクトを与えることを目指しているようです。確かに、政治的な話を抜きにするとこの方式のほうが安定的かつ莫大な収入を獲得でき、一気に規模を拡大できます。
Vestergaard社は、泥水からでも安全に水を飲める濾過装置Lifestraw®や、殺虫剤をしみこませた蚊帳でマラリア蚊などを防ぐPermanet®などを開発、販売しています(他の商品については、またの機会にご紹介します)。
どの商品にも共通することは、シンプルな発想に基づいて開発された商品であり、かつこの商品が使われることで問題の解決につながる明確な道筋が描けていることです。確固たるミッションと、それを達成するための巧みなビジネスモデルがあるビジネスの好例ですね。
二つのパラドックス
最後に、農薬、殺虫剤と聞いて、拒否感を覚える方も少なからずいらっしゃると思います。このような製品を使うときには、いつも二つのパラドックスが付きまといます。一つは、「健康被害」、もう一つは「環境問題」です。しかし、これらの問題は企業がきちんと社会的な責任を果たすことで解決することができます。
①健康被害
Zerofly®などを使う際に、必ず問題となってくるのが、殺虫剤の使用による健康被害です。WHOやFAOが認可しているとはいえ、健康被害が生じる可能性は否定できません。Zerofly®でも、手袋の使用や使用後の手洗いを奨めていますし、似たような商品での健康被害が報告されています。
このような場合、企業は責任をもって殺虫剤を使うことによる健康被害の可能性を公開しておく必要があります。また、正しく使ってもらうための努力も欠かせません。
②環境問題
これらの商品はきちんと廃棄されないと、ただのプラスチックごみになる上、殺虫剤が染み出したりして周辺の土壌や水源を汚染する可能性が考えられます。また、不適切な使用(例えば、蚊帳を漁業用の網として使う、など)によっても同様の可能性があります。
環境問題に関しては、廃棄後までの流れをデザインした商品にしておくべきです。また、企業の責任の下で適正な使用法を広めることも必要です。(Zerofly®では、残念ながら「自治体の指示に従う」以外の廃棄後の流れや処理の方法までは明記されていませんでした。)
この二つはとても難しい問題ですが、商品に対して責任をもった情報の公開と、問題を解決するためのより良い方法を研究・開発し続けることが重要です。
今までのビジネスでは、利益のためにほかのものを犠牲にする、というトレードオフの形ばかりでした。しかし、きちんと企業が収益を確保して、貧困問題を解決しつつ、環境の問題にもきちんと対処できるというような、三方よしのモデルを構築できるのが「ソーシャルビジネス」であるといえます。
(写真は断りのない限り、http://www.vestergaard.com/ より引用しました)