こんにちは、ジョッゴ株式会社久米川工場長の市川です。

ジョッゴ株式会社は、「障害者」が「健常者」と同等に働くことができる社会を目指している会社です。

いまの日本では、「障害者」は、「障害者」という肩書きを持つだけで、ひとくくりに扱われ、単純業務・低い給与の障害者枠で働かなければならないという状況に置かれています。

そのため、本来「障害者」も「健常者」と同様に、ひとりひとりに固有の能力があるはずなのに、その能力が発揮されていません。

そこで、従来の障害者枠とは異なる「健常者」と同等の就労機会を提供するための場として、昨年8月、久米川工場はつくられました。

「障害者」が「健常者」と同等の戦力になるには、何が必要なのだろう?
「障害者」が 「普通に」 働くには、どうすればいいのだろう?

障害者の方・障害者と働いている方にとって何か参考になればと思い、
今日はこれらの問いに対する、わたしなりの答えを共有したいと考えています。

◆工場のコンセプトに関して詳しく知りたいという方は、過去の記事をご覧ください
「国内初!精神疾患をもった人が職人として働ける革製品製造工場が都内にオープン!」

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最初の壁は、”配慮されて当然” ではないと思うようになること

久米川工場1

久米川工場には現在、6名の精神障害者が革製品の職人として働いています。

(ほかには、ベテランの職人が2名、出荷検品と生産をサポートするスタッフが2名。
週1回勤務の精神保健福祉士が1名、そして工場長であるわたしの、計12名が働いています)

工場では「13色から選べるオーダーメイドの革製品」を製造するので、入社してきた精神障害者の方たちは、様々なパターンの工程をこなさなければなりません。

しかし、みんな完全に未経験の状態で入ってくるので、はじめは「出来ないこと」にぶつかります。このような時、

「色を確認する作業が出来ないのは、障害があるから」
「上手くパーツがつくれないのは、障害があるから」

と、出来ない理由を「障害」のせいにするのです。

でも、本当にそうでしょうか?

よくよく話を聞いてみると、実は「障害を持っているから仕方がない」とはじめから諦めていて、具体的には、なぜできないのか?どうしたらできるようになるか?を考えたり、試したりしていないことに気づきました。

では、このような姿勢はなぜ生まれるのでしょうか?

それはおそらく、ここで働くまでいた環境によるものだと思います。支援施設などでの経験から、「配慮されて当然」と考えてしまっているのです。

だから、「出来ないことはしなくていい」「なにか別のことをすればいい」という考え方が染み付いていて、「出来ないことを克服する」ことに慣れていないのです。

出来ない理由ではなく、出来る方法を探すこと

久米川工場2

しかし、試行錯誤をいっしょに繰り返しながら、出来ないことが、出来るようになる体験を一度でもすると、少しずつ態度が変わりはじめました。

わたしは決して、「出来ないこと」それ自体を非難しているのではない。

このことをまず理解してもらいながら、
「出来ないことがあったとき、出来るようにトライする姿勢を持ってほしい」
「出来ないことがあったとき、すぐに諦めないでほしい」
という、わたしの意図を伝えるようにしました。

そうして徐々に、なにか出来ないことに直面したときに、出来ない理由ではなく、出来る方法を探すように、姿勢が変わっていきました。

例えば、あるとき、製品のあるパーツの個数が、揃わないことがありました。

そのようなとき、パーツの準備を担当されていた精神障害者の方は「障害の特性上苦手かもしれませんが、次は気を付けます」と毎回答えるのです。でも、具体的に何が・なぜ出来ていないのか、原因がわからない状態でした。

そこで、一緒に作業を見ていくと、パーツの数が記されている表のなかの、「違う列」の個数を見ていることがわかりました。

つまり、表の数字を読み取るところで躓いていたのです。

それからいろいろな改善策を試した結果、パーツの数が読み取りやすいように表のなかの一列だけを囲める枠をつくることで、正確に準備出来るようになりました。

久米川工場3
(細かい工夫と改善の積み重ねです)

受け身からの脱却 視野の広まり 変化はところどころ、着実に。

このように、徐々に出来ることが増えるにつれて仕事が楽しくなっていく様子を見ることができるのが、とても嬉しいです。

また、失敗をしても落ち込みすぎずに「良い学びだね」と笑って次に進めるように工場の雰囲気も変わってきました

変化したことはほかにもあります。

久米川工場が始まって1年が経ち、少しずつですが、はじめは受け身だった人が「工場の生産体制をよくするにはどうしたらいいのか」「何が出来るようになる必要があるのか」を主体的に考えて行動するようになりました。

始めは自分の体調を整えることや作業を覚えることで精いっぱいで、自分以外のことを考える余裕のなかった人もしだいに周りを見るようになり、わたしに対して「〇〇さんが体調少し良くなさそうなので、気にかけてほしい」と言ってくれるようになりました。

このような変化を後押ししたのは、一体何だったでしょうか。

改めて一年間を振り返ると、

・「障害者」だからといって、”配慮されて当然” ではないと思うようになってもらうこと。
・壁にぶつかったときは、出来ない理由ではなく、出来る方法をいっしょに探していくこと。

これら2つのことが、大切な要素だったのではないかなと感じています。

もちろんすべての障害のある方や、障害者雇用のかたちがこうするべきだ!というわけではありません。健常者と同様にしっかり仕事をしていきたいと思う障害のある方の働き方の選択肢を広げていけたらなと思います。

これからも、問題はたくさん起きていくとは思いますが、いっしょに工場を良くしていきたいという想い、この久米川工場から、日本の障害者雇用を変えていきたいという想いをみんなで持っていれば、きっとどんな壁も乗り越えていけると信じています。