2018年も4月がもう終わろうとしています。新しい環境や人に囲まれ、新たな生活がスタートし、ちょっとずつ慣れてきたという声が聞こえてきそうですね。でも中には、新しい環境や人間関係に対して「きついな」「つらいな」と感じている方もいらっしゃるのではないでしょうか?

実は私も昔、大きな環境の変化に心と身体のバランスを崩してしまい、「適応障害」という“こころの不調”に苦しんだ経験があります。でも現在は、仕事に打ち込んだり、趣味に没頭したりとすっかり元の元気な状態に戻っています。

今回は「適応障害」を乗り越えた経験談を通して、私なりの「こころの不調」との向き合い方についてお話します。

◆そもそも適応障害とは?何が原因?どんな症状なの?◆

適応障害は、ある特定の状況や出来事が、その人にとってとてもつらく耐えがたく感じられ、そのために気分や行動面に症状が現れるものです。たとえば憂うつな気分や不安感が強くなるため、涙もろくなったり、過剰に心配したり、神経が過敏になったりします。また、無断欠席や無謀な運転、喧嘩、物を壊すなどの行動面の症状がみられることもあります。

みんなのメンタルヘルス総合サイト|適応障害(厚生労働省)より引用

私の場合、当時働いていた転勤したばかりの職場に行くことを考えるだけで吐き気が催され、職場に行こうものなら何をするにも集中できず、さらに気分を落として帰宅、夜は眠れずという生活への支障が出ていました。転勤で職場も人間関係も大きく変化し、その変化に対応できなくなってしまったのです。

こう書くと「うつ病ではないの?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。適応障害とうつ病には決定的な違いがあります。

「適応障害」は、ストレスを感じている環境から解放されれば、比較的短期間(6ヵ月が目安)で症状が改善するとされています。

「うつ病」は、環境にかかわらず、ストレスを常に感じている状況が続く病気です。

つまり、ストレス環境と距離を置いて症状に改善の兆しが見えてくれば、そのこころの不調は「適応障害」である可能性があるといえます。

仕事に限らず結婚や進学など、「環境の変化」は誰にでも起こりえること。だから「適応障害」は誰もがかかる可能性のある、こころの不調なのです。

 

【適応障害をもっと詳しく知るおすすめサイト】

◆適応障害克服の第一歩は「家族に話せたこと」◆

最初、転勤という環境の変化による心と身体の不調に気づいたときは「まあ、一種の5月病みたいなものでしょ?」と自分の体から出ているアラートを見過ごしていた私。でもある日、母と仕事の話をしながら夕食をとっているときに涙が止まらなくなってしまいました。翌朝もベッドから起き上がれず、職場へ休むと連絡。そのまま寝て過ごそうとしていた私に母が「行くよ」と心療内科に連れて行ってくれたことで、適応障害になったことに気づけたのです。

正直、家族の目の前で泣くことにも、仕事の失敗を話すことにも大きな抵抗がありました。でも、普段からよく母と話していたこともあり、ポロっと自分の弱い部分が出すことができたからこそ、自分のこころの不調に「環境の変化」が大きくかかわっていること、「休職する」という選択肢をとってもいいということを知ることができたのです。

「家族に話せたことが適応障害を乗り越える第一歩だった」と元気になった今、改めて思います。

◆適応障害は風邪や腰痛と一緒◆

とはいえ、心療内科というかかったことのない病院に通うことに抵抗がなかったかといえば嘘になります。

適応障害やうつ病などのこころの不調というと、「心が弱い人がなるもの」だと思っている人がいます。適応障害にかかる前、私はこう思っている人がいるということに「全然社会の理解が追い付いてないなあ」と思っていました。でも「適応障害」という診断を受けたときに私は、「私には関係のない病気だと思っていたのに」と真っ先に思ったのです。社会の理解が追い付いていないと思っていた私も、どこか心の中で「心の弱い人がなる病気」だと思っていたのだなあと、今は思います。

私の適応障害の治療は、不眠改善薬の服用とカウンセリングがメインでしたが、治療が始まったばかりのころは、先生の問いかけに「着飾った言葉」で答えていました。でもやはり、プロはすごいですね。自分が何重にも張った壁や鎧をいともあっさりとはがしてくれたのです。通院を繰り返す中で、先生の問いかけにありのままの自分の言葉で返せるようになり、腰痛で整骨院にかかるときのように、風邪をひいて内科に行くように、心療内科に通えるようになりました。

この経験をとおして、なじみのなかった適応障害というこころの不調も、風邪などの体の不調の一種だなと捉えられるようになりました。

◆今、笑って「適応障害だった頃の私」を話せることが幸せ◆

適応障害にかかった当時、私は小学校の先生をしていました。仕事にはやりがいを感じていましたが、子どもたちへの指導はもちろん行事の準備や保護者や地域との連携など多岐にわたる業務と、「自分で何でもできなければならない」という変なプレッシャーに押しつぶされた結果、心への負担が爆発し、適応障害という形で身体に出てきたのだと思います。

でも適応障害に悩んだこの経験は、私自身の働き方や考え方を見直すいいきっかけにもなりました。

先生を辞め転職した先では、「仕事が間に合わないから」と休みの日に仕事をすることはなくなりました。オンとオフのメリハリをつけた結果、仕事にも趣味にも存分に打ち込めるように。さらに、「自分で何でもできなければならない」という考え方はやめ、意識的に周りの人の助けを借りるようになりました。長年染みついてきた考え方だったのでいきなり変えるのは難しかったのですが、「自分で何もかもできる人なんていない」「これからできるようになる」と考えることで、自分への過度なプレッシャーと自己否定を和らげることができました。

もし環境の変化がこころに不調をきたすことを知らないままだったら、自分の弱い部分や改善したほうが楽に生きられる部分に気づかないままだったでしょう。だから私は「適応障害」に苦しんだ経験があってよかったと思っています。今このように、適応障害にかかった体験談を話せるのも、なんだかうれしいのです。

◆「私には関係ない」こころの不調なんてない◆

こころの不調をこうやってオープンに話すことに抵抗を感じる人もいらっしゃると思います。当時の自分のことを思い返すだけで、胸が締め付けられるという人に「体験談話すの、おすすめ」なんてことは言うつもりはありません。でもその体験談は、今「適応障害」に悩んでいる人の心の支えになるかもしれないのです。

「こころが不安定で悩み苦しむ人に セルフメンタルケアを届ける」事業を展開するボーダレスグループの「MENT」の社長 林翔太朗も、こころの不調で長年苦しんできた一人です。不調と付き合う過程で取り入れてきた、自分なりの整え方はきっと、今まさに、こころの不調で苦しんでいる人たちの役に立つはずだと「MENT」を立ち上げました。過去に同じような不調で苦しんだ人たちに相談できるコミュニティアプリを開発やセルフケアのためのメンタルケア商品の開発、就労支援サービス、療養施設の構想など、メンタルケアに必要とされるソリューションを提供していく予定だそう。

私自身、適応障害にかかった時「適応障害 治し方」などのワードで検索したり、ブログを書いて同じような悩みを持つ人と交流したりした経験があるので、「苦しい思いに理解のある人が発信する克服情報」は、きっと不調に悩む人の心の拠り所になるのではないかと思っています。

適応障害への対処法はひとりひとり異なります。すんなり病院に行ける人もいれば、私のように抵抗を感じる人もいるでしょう。そもそも、こころの不調とは無縁だと思って体からのサインを見逃している人も、世の中には案外たくさんいると思っています。

でも私は声を大にして言いたいのです。

『「私には関係ない」こころの不調なんてない』と。

そして

『もっと気軽にこころの不調を話せる社会になってほしい』と。

環境の変化を大きいと感じるかどうかは、人によってさまざま。ストレスを感じる要因も異なります。周りの人から見たら小さな変化でも、その人にとっては生活に支障をきたすほどの大きな変化である可能性がおおいにあります。だから適応障害などの「こころの不調」はあなたにとって、身近な身体の不調の1つだと思うのです。

まずは、こころの不調が自分にも起こりえることだと捉えることで、自分はもちろん身近な人がこころの不調に悩むことがあった時に、1番でなくとも、理解者の1人になれるのではないでしょうか。

【参考サイト】