座右の銘

為せば成る

なぜこの仕事をするか

世界中の農家が農業でしっかり生計をたてられ、農家やその家族が家出や出稼ぎに行かなくてもいい社会をつくる。そのモデルを世界中の人が模倣できるような仕組みをつくることで、最速で世界を変える。

わたしの履歴書

私が「ソーシャルビジネス」という言葉を知ったのは、大学2年生の夏休みでした。

それまではとにかく「他の人がやらないような面白そうなこと」が原動力で、好奇心旺盛にいろんなコミュニティに所属していました。大学2年生時、学生インターンとして働いていた結婚式のプロデュース会社で同じくインターンとして働いていたボーダレスの内定者に連れられ、ミャンマーにあるBORDERLESS LINKBORDERLESS FARM、そしてバングラデシュにあるBusiness Leather Factoryの工場を見学しました。

そこで私が衝撃を受けたのは、「日本で暮らしていると出会うことのないような人たちのために人生をかけて働いている人がいる」ということでした。そのときはただただ、そんな人がいるんや、かっこいいなあ。という気持ちだけで、まさか自分がそこにジョインするとは思いもしませんでした(笑)

帰国して元のコミュニティに戻ったときに、ひとつの違和感が自分の中で芽生えていることに気づきました。これまでは「ただ面白そうかどうか」が行動基準だったのが、いつの間にか「なぜそれをするんだろう、なんのためにするんだろう」という基準に変わっていたんですね。それが、この問題を解決するために、この人達のために、という気持ちで働いているボーダレスの人たちと出会ってから受けた影響でした。

それからはただ「ソーシャルビジネス」という世界に興味津々でした。本当に自分はこの世界で生きていくのか。そしてそれはボーダレスでいいのか。そんな問いをクリアにするために、いろいろな会社でインターンを経験しました。

大学3年生の夏休み、カンボジアで農業系のソーシャルビジネスをしている会社にインターンをしているとき、一人の男の子に出会いました。その子は中学生ぐらいの年齢で、自分は家出をしてきたんだと言いました。農家の家に生まれ育ったが農業だけでは生計をたてられず、そんな生活が嫌になり家を出てきたとのことでした。

家族が嫌いなわけでも農業以外にやりたいことがあって家出をしたわけでもなく、ただ自分の環境が嫌で家出をしたことに、私は衝撃を受けました。自分の人生なのに、農家の家に生まれたからこうなってしまったという言い方をする彼を見て、悲しい気持ちになったことを覚えています。と同時に、この世界にはそう思わざるを得ない状況が存在するということも知りました。

彼が「自分は農家の家に生まれたけど、こう生きている」と、自分の意思で人生を生きていると思えるようになるためには、まず世界の貧困層の大部分を占める農家が農業でしっかり生計をたてられるような社会をつくることが必要だと、強く思いました。そしてそれを自分がつくろうと決めました。

これが、私がソーシャルビジネスという世界で生きていこうと決めたきっかけです。

そこからボーダレスを選んだ理由はたったひとつで、「だれのために」が常に視えるところで働きたいと思ったからでした。自分一人ができることは限られているけど、最前線にいたい、自分の時間全てを事業を進めることに費やしたい、と考えたときに、グループ内でノウハウや人材・資金すべてを共有するボーダレスだとそれができると思いました。

1人でも多くの人が、自分の意思で人生を生きていると胸をはって言えるように。そんな社会をつくるため、一歩ずつ着実に進んでいきたいと思います!

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。