座右の銘

泣いて暮らすも一生笑って暮らすも一生

メッセージ

「仕事を通して誰かの助けになりたい」。そんな志を持っている方には最高の場所です。
自分のアイデアもすぐに実践でき、やりたい事は任せてもらえます。

わたしの履歴書

1994年3月、宮城県仙台市の緑に囲まれた環境の中で、2人姉妹の姉として生まれました。

幼い頃は内気で、積極的に人と話す事をあまり好まないタイプでした。
そんな私でしたが、行動だけは活発で、スポーツが大好きでした。そして小学生の頃に全日本のバレーボールの試合をテレビで観て、栗原恵選手や加藤陽一選手のようなかっこいい人になりたい!と、とても単純な理由でバレーボールを始めました。
バレーボールをやっていて良かったなと思う事は、協調性が育まれたこと、高校生の球技大会でエースとして活躍し優勝したこと(笑)、そして何より、かけがえのない仲間に出逢えたことです。
もちろん今でもバレーは続けています!

私が東京に来た理由は、東京のテレビ関係の専門学校に通うためでした。
何故テレビ関係の学校に進んだかというと、2011年3月、私が高校3年生になろうとしていた時に襲った東日本大震災の影響でした。
電気がストップしてしまい、テレビがつかなく、情報が入ってこないという大変不安な日々を過ごしました。テレビがつくようになった時、もの凄く安心したのを覚えています。
その経験があり、私もテレビに携わる仕事がしたいと思い上京を決意しました。

しかし私が思っていた以上にテレビ業界の仕事は厳しく、アルバイトを経験した時に、この業界で将来ごはんを食べていく事は出来ないなと感じました。

卒業後は接客業や事務の仕事を経験、何が自分に一番合っているのかを2年半模索し、じっと座ってもくもくと仕事をする事務職より、お客様の反応がダイレクトに返ってくる接客業の方が自分に向いていると自分の中で答えを出す事が出来ました。
そんなときにボーダレスの求人に出会い、震災の影響で「誰かの為になる仕事をしたい」という思いにマッチングし入社に至りました。

震災時には近所の方々と協力したり、母親の県外の友達が食料を送ってくれました。
上京してきてからは、悲しいことがあっても、お金がなくてどうしようもなくなった時にも私の周りの人達が助けてくれました。
人間ってひとりでは生きていけないんだなと、22年間という人生の中で学んできました。
次は私が誰かに寄り添って、助けてあげれるような人になりたい。

私は今日も、大好きな自社商品である革製品の販売を通して、バングラデシュの人たちの為に尽力していきます。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。