座右の銘

生きるうえで最も偉大な栄光は、決して転ばないことにあるのではない。
転ぶたびに起き上がり続けることにある。

メッセージ

大学浪人中に届いた、突然の訃報。
愛して止まぬマイケルジャクソンの死が、私の運命を変えました。それからは、彼の意志を継ぐべくアフリカでの国際協力を志すようになります。
しかし、大学進学後に飛び込んだ憧れの国際協力の現場は、思っていたような綺麗な世界ではありませんでした。代表まで務めたNGOでは大赤字の事態に直面して、支援を持続する難しさを実感。ボランティアのあり方自体を模索する日々を過ごしました。
それならばビジネスで、とタンザニアに飛び出してみたり、自身のアクセサリーショップ立ち上げやビジコン参加を通して見つけた答えがソーシャルビジネスでした。持続性を保ちつつ、自分も生きていかねばならないということ。それが、自分が最低限守りたい、守るべきルールなのだと気づきました。
その日生きることすらままならない人が、世界には巨万といる。そんな人たちのためにビジネスというツールを使って尽力したいです。

わたしの履歴書


 大学受験浪人一年目の6月、私が幼い頃から崇め奉ってきたマイケルジャクソンが天に召されました。その日、予備校からの帰りのバスの中で、私はいつものようにイヤフォンを耳に突っ込み、この世にはもういないマイコーに想いを馳せていました。
 そのときランダム再生で流れてきた「Man in the Mirror」。私の涙腺は崩壊し、曲が終わるころには人目を憚らずしゃくりあげていました。
 「世界を変えたいんだったら、まずは鏡の中にいるそいつから変えろ」
 このドストレートなメッセージは、「偏差値が高い大学に行ければいいや」と漠然と考えていた私の心を変えるには、必要にして充分以上でした。世界には、その日生きることすらままならない人がたくさんいる。そんな人たちがいるということに気づかないふりをしていても生きていける。それでもマイコーは世界で苦しむ人々に目を向けてきました。
 「マイコーがいなくなったら”Change the World”は誰がやるの?」
 「…私だ!」
 単純な私は「貧困→アフリカ」と結び付け、将来アフリカで国際協力をすることを志すようになりました。



 大学に入り、私はかねてから憧れていた国際協力団体に入りました。
 そのNGO団体では、ケニアのナイロビスラムに暮らす、HIVポジティブでかつシングルマザーである方たちを支援しています。ママたちはサイザルバッグ(かごバッグ)を作り、その対価として私たちが毎月一定額を送金する仕組みです。
 定職に就けないママたちにとって毎月定額が入ってくるのはとても心強いシステムですが、自分が代表として団体を運営するようになり、段々とその支援の在り方に納得がいかなくなりました。本来ならば毎月ケニアに送金する分だけ、私たちが日本でバッグを売りさばいて収益を上げるべきですが、実際は毎月大赤字だったんです。
 ママたちは病気で苦しんでいて、その上毎日のように新しい問題が出てきては送金をお願いされるため、送る金額を減らすことはできません。現地で触れ合ったことのあるママたちだからこそ簡単に切り捨てることもできず、結局、送金額に満たない分はアルバイトで稼いだ分を足して出したりしていました。
 今はこのやり方でなんとかなっていても、私だって生きていかなければならないし、一生は続けられないと思いました。もしも、ママたちの作るバッグの質がもっと良くて、日本でもっとたくさん売ることができたなら、今より多くお給料を支払える―これを「ソーシャルビジネス」と呼ぶということを知ったのはもっと後のことでした。
 ボランティアで人を救うことの難しさを感じた私は、「ビジネスで現地に雇用を生みたい」と考え、その方法を知るべく大学3年のときにタンザニアへ1年間留学しました。1年も住めばビジネスアイディアは自然と生まれてくると思っていましたが、結局、あっちもこっちも大変な状況だということが分かっただけで、手元には1つのビジネスアイディアもありませんでした。
 タンザニアから帰国して焦っていた私はレザーアイテムやアクセサリーのブランドを立ち上げてWebで販売してみたり、意識高い系の学生よろしくビジネスコンテストにも出てみたりと、「とにかく何かしなければ」という一心でがむしゃらに走り回りました


 世間が就職活動を煽りだした頃、私も吐くような心地になりながらも説明会に出かけ、インターンを探したりしていました。アフリカでビジネスを始めるなら数年間は大企業に勤めて資金稼ぎをする、これしか方法はない、と思っていました。
 そんなときに出会ったのがボーダレス・ジャパンでした。正直、はじめはこのキラキラした会社には何か裏があるに違いない、と思っていました(笑)
 というのも、ボーダレスのやっていることはまさしく私の志していたことで、かつ、その規模も私の想像を上回るものだったからです。さらに、1つの国で何百人雇用していても、その現状に満足することなく事業拡大や他国での新規事業を考えている、その前のめりな姿勢に、私はわくわくさせられました。そして何より、ボーダレスは自分の将来やりたいことに直結している、と感じました。
 例えば大企業に入っても、大きな組織では細分化されたタスクが個人に課せられて事業の全体像が掴みにくく、自分が主体的に事業をまわすのは難しいと思います。ですが、ボーダレスでは個人のやりたいこと・目標から逆算して各々に仕事が与えられる、というのがとても魅力的でした。
 また、ボーダレスがプランを事業化する場合に最も重要視するのは、その事業によって人々の生活がどれ程変化するのか、そして何人雇用できるのかということです。実際に人の命を預かることであるからこそ、絶対に妥協はしません。まだ入社していない私に対しても容赦はなく、今までに3度、自分のビジネスプランをみてもらいましたが、このままでは事業化できないと言われてばっさり切り捨てられました。そんなボーダレスに私は惚れました。
 今は、事業を回せる実力を最短で身につけ、一刻も早く新しい事業を始めたい気持ちでいます。世界全体が平和な方向に向かうこと、そしてそのために自分にできることを、マイコーが想いを馳せたアフリカで実現させます。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。