座右の銘

悩むなら手を動かせ

メッセージ

ECショップに焦点をしぼり就職活動をしていた時、ボーダレス・ジャパンの求人情報と巡り合いました。商品を売る→売上げを上げる→バングラデシュの雇用が増える。自分が今までやってきたことがバングラデシュに雇用を増やすことができる!?こんな素敵なことができるなら是非、参加させてください!と求人へ応募しました。幸せ・裕福の意味は人それぞれとはわかっていますが、チョイスできる環境ができるようになるといいなと思います。

わたしの履歴書

一之瀬智子

1975年長崎県諫早市の山を切り開いたニュータウンで一ノ瀬家のふたり目の女の子として生まれました。
姉とは6歳差。共働きの両親に代わって私の面倒をよく見てくれていたことを覚えています。
いつも姉ちゃんについてまわり遊んでいました。

両親の影響もあってか、裁縫を小さな時から好きでなにかよくわからないものを縫っていました。
大人しい姉に比べて、活発で親の言うことを聞かず、思い付きで行動する私を両親は「不良になる」と心配していたそうです。

中学3年生。高校受験、「はて?どんな学校がおもしろいかな?姉ちゃんと同じ学校はいやだな。」とぼんやり思っていた時、
自宅からも徒歩で行ける距離のデザイン科がある学校を知った私は狙いを定めました。「受かったら行ってもいい。」という
両親の言葉を信じ、受験課題であった“手のデッサン”を寝る間を惜しんで練習することになりました。
デッサンって何?どうやって描くの?から始まりました。そして、親に相談せず、勝手に絵画教室に申込し行き始めました。
ラッキーなことに希望の学校へ合格!
デザイン科はおかしな人ばかりで、とても刺激を受けました。
放課後に卒業制作で制作したバイクで校内を走り回る先輩(もちろん先生に怒られる)。ギターを持ち込んで、演奏する先輩。
ひたすら絵を描く先輩。学校に行くのが楽しく、勉強しているというよりも遊びから感性を学んでいく感じの学校でした。
でも、私は受験の時にあれだけがんばったデッサンの面白さを実感することはできませんでした。
印象に強く残っているのは、先生から言われた「行き詰ったら“筆”を変えてみなさい。」と
「絵は筆じゃなくてもかける。絵の具をつければ筆になるんだよ。」という先輩の言葉でした。
今の私の考え方の多くはこの高校時代に身についたものだと思います。

さて、就職。
私が仕事に就いた時期はまだ、Macもなく印刷物はすべて版下といものを作らないと出来上がりませんでした。
本物の職人さんがその時代にはたくさんいました。
デザイン部に所属していましたがいろんな部署へ行っては見学したり体験させてもらったりしていました。
でも、多くの制作物はスーパーのチラシ。どんなに一生懸命がんばって作っても捨てられてしまいます。
私はゴミを作っているのかと悲しくなりました。

ポスターやパンフレット。もっとクオリティの高いものを作りたい。
そういうものを求めてるところでデザインしたいとデザイン事務所へ転職。
ここでは、ベテランの職人のようなデザイナーからたくさんのことを学びました。
この時期に制作した、カステラのパンフレットや通帳デザインはまだそのまま使用されていました。(びっくりですww)

そして、今までグラフィックしかしたことがなかった私が家具通販会社へ入社したことでWEBの世界の楽しさを知ります。
販売すること・お客様とのコミュニケーション・価格以外のサービスのあり方・ダイレクトな反応。楽しくて楽しくてたまりません。
その後、スイーツ店・花屋・酒屋・家具屋・雑貨屋などいくつもの通販に携わりました。

ボーダレス・ジャパンに入社し、Business Leather Factoryへ所属。
バングラデシュ自社工場で制作した革製品の良さを多くの人へ伝えられるようにWEB制作しています。
もちろん、今からもスピード感を持った制作現場を作っていこうと思っています。現在はAMOMAでデザインをしています。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。