座右の銘

後悔の少ない人生がいい人生

なぜこの仕事をするか

土砂災害による水害被害をなくしたい。そのために地元和歌山に帰り水害の原因の一つである「林業」に関りたいと思っています。

わたしの履歴書

「花のように優しい子になってほしい。そして、散ることなくそれがずっと続くように」。そう願いを込めて、季節の花と書いて「季花(ときか)」と両親は私に名付けました。奥川家の三姉妹の長女として、和歌山県の那智勝浦町で生まれすくすくと育ちました。

私はとても好奇心旺盛なこどもであったらしく、当時自動車の整備士をしていた父を真似、3歳でドライバーを使い自分の三輪車を解体したり(父焦る)、4歳で好奇心から父の会社のPCを触り、数百万の車をオークションで落札(父焦る)するなど、数々の事件を起こしました。小学生の頃はスーパーボールすくいに熱中。どうすれば多くすくえるか探求し、最終的には1枚のあみで最高120個を記録するなど、興味を持ったことに何でも飛びつき、楽しむ少女でした。

そんな私は、小学生の頃から、「仕事」に関して特に関心を持っていました。父や祖母から仕事の話を聞く機会が多く、その影響で、自分も早く働きたいと強く思うようになってのです。

しかし、そう思うようになると同時に、田舎で刺激の少ない那智勝浦という地から、一刻も早く抜け出したいという思いも強くなりました。

高校1年生の夏、そんな私に一つの転機か訪れるのです。「紀伊半島大水害」ー平成23年に日本列島に上陸した大型の台風12号によって、紀伊半島にもたらされた災害です。日本全体の年間平均降水量(1700mm)を超す、2000mmもの雨が約6日間で私の地元を襲いました。その台風により多くの命が失われ、命があった人もみな、家がない、水がない、学校にいけないなど、日常とはかけ離れた生活を強いられることとなりました。

水害後、町中の人が復興のために作業に追われていました。学校に行けないので、私もしばらく友人の家や道路の片づけをする日々を送りました。その時に気づいたことがあったのです。「どうして、今までこの町のことが嫌いだったんだろう」「命あるだけで、なんでもできるのに、なぜ私は何もしなかったんだろう」と。

水害を経験して、初めて、「この町のために何かをしたい」「田舎ということに縛られず、色々なことに挑戦していきたい」そう思いました。

私は、まず環境なんかに縛られず、興味のあることは全てやってみるというルールを自分の中につくり、その日以降自分を変えていきました。自分が変わり、力をつけて、この町に帰ってくるんだという目標を叶えるためです。

アメリカに派遣生として渡航、海外でのビジネスを学ぶためにシンガポールに一人旅、主婦や先生、政治家、経営者、大学生、色んな人に話を聞きに行きました。大学生では、学生団体の設立や、カフェでのインターン、ソーシャルビジネスコンテストの運営や参加、ソーシャルマーケティングを使った活動など、とにかく関心のあることや、地元をよくするために勉強になると思ったことに関わるようにしました。

そうやって、高校一年生から大学四年生でさまざまな経験をし、今やっと、地元でやりたいことが明確になってきました。

それは、「地元から水害をなくすこと」です。そのために、水害の原因の一つである林業に今は少しずつ足を踏み入れています。自分の原体験であった水害をなくすことによって、地元から、もうなくなる人も悲しむ人もいないようにしたい。水害で悲しむ人をゼロにしたい。それが私の強い思いです。そして、地元の人が、明るく安全に暮らせるようにしたいです。

そのために今、ボーダレスグループのilo itooという会社で、日々、社会問題解決のために勉強しています。ビジネスという手段を使い、いかにして社会問題を解決していくのか試行錯誤の毎日です。まずはilo itooという環境を十分生かし、そこに貢献し、自分自身の成長にもつなげていきたいです。
そして、次は自分の町で、その町のために、動いていきたいです。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。