座右の銘

他人の不幸の上に自分の幸福を築くことはしない

メッセージ

何のために自分の命を使うのか?学生時代、ケニア留学を通してこの一点を考え抜きました。そこで見えてきた答えは、「ビジネスを通じて、世界中の人々に夢を届ける」というものでした。そしてこの夢を最速で実現させるには、 社会起業家としての実力とマインドをどこよりも早く身に付けることができるボーダレス・ジャパンしかないと確信し入社しました。 こんなにも夢の実現に向けて、本気になって向き合って挑戦できる会社はないと思います。人生は一度きりです。いつ終わるかもわかりません。ボーダレス・ジャパンで共に、世界を変えていきましょう。

わたしの履歴書

諏訪脩人
1991年3月7日、大阪府河内長野市で諏訪家の長男坊として生まれました。
幼い頃から本が大好きで小説を貪るように読んでいました。好きな本は、ナルニア国物語シリーズです。
また、サッカー大好きな父に“シュート”という素敵な名前をいただいたので、幼稚園の時からもれなくサッカーもやっていました。ちなみに、ポジションはセンターバックでした。

小学4年生の冬休みから受験勉強にひた走った結果、関西創価学園に無事入学。高校卒業までの6年間をそこで過ごしました。ここで学んだ「他人の不幸の上に自分の幸福を築くことはしない」という姿勢は、本当にかけがえのないものだったと感じています。

大学時代は、「何のために命を使うべきか?」との問いを追求するべく、ケニアのナイロビ大学に10カ月間留学しました。私がケニアで一番知りたかったことは、貧困で苦しんでいるといわれる人たちの実情だったので、大学内で募集されているボランティアに積極的に参加していました。そんな時、ある貧しい村で一人の少年に出会いました。彼に「苦しい時にどうやってそれを乗り越えるの?」と質問したところ、彼は言いました。「両親を喜ばせるんだ。そうすれば自分も勇気が出るんだ」。両親のためにパイロットになるという夢を本気で語る彼から、

1、夢は、他人を想う気持ちから生まれる
2、夢が、人を幸せにする

ということを教えられました。少年との出会いを通じて私が得た気づきを、一人でも多くの人に経験してもらいたいと考えるようになり、旅行会社でのインターンと起業に挑戦しました。
旅行会社では、新しいツアーの企画を行いました。始めは、現地社員との文化・価値観の違いに苦しみましたが、誠実さと謙虚さを大切に意思疎通に努めた結果、チームで作ったツアー商品を日本全国で販売することができました。また、ケニアへ来る日本人学生を増やすことを目的に、現地学生と共に起業し、スタディーツアー事業を立ち上げました。学生にとって本当に意味のあるコンテンツづくりの難しさや集客の難しさに直面しながらも、何とかそれを乗り越え、結果として50名以上に参加して頂き、「本当に良い経験ができた」、と言って頂くことができました。これらの経験から私は、人生をかけて「ビジネスで、世界中の人に夢を届ける」という志を実現していこうと決心しました。

私の企業選びの軸は、

1、自分の夢を最速で実現できるか?
2、そのためにソーシャルビジネス立ち上げを早い段階で経験できるか?
3、志高い仲間がいるか?

というものでした。何社かの企業から内定を頂きましたが、もっと速く夢の実現ができる会社を探していたところ、ボーダレス・ジャパンを見つけました。説明会でさまざまな話をする中で、私の思い描いていた企業はまさにここであると考え、想いをぶつけた結果、無事入社することになりました。

入社後は、同期の瀬戸川・渡辺と同じくボーダレスハウス事業部に配属となりました。「ボーダレスハウスを世界の教育住居プラットフォームにする」との野望を胸に、日々どこまでも一人一人の入居者さんの幸せをワクワク考え抜いています。とにかく最短距離で夢を実現すべく、まずは目前の野望を最速で実現していきます。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。