座右の銘

朝、希望と共に目覚め、昼は懸命に働き夜は感謝と共に眠る。

なぜこの仕事をするか

人と地球のために胸を張って出来るこの事業を地元から世界へ広げたい。

わたしの履歴書

山から300m、海には500mで着くような北九州市は門司区に生まれました。
父は3代続く溶接屋、母は美容師、兄弟は9つ上の兄の4人家族で、決して裕福ではないですが大事に、いや、少々過保護に感じるほど大切に育てて貰いました。 幼少は母の仕事先でお手伝いをしたり、お客さんに飴を配ったりと、人が喜ぶと自分も嬉しいという感性はこの頃から芽生えていたように思えます。

そんな私も中学校に入ると思春期で人見知りが発症。あの頃の人たらしの才能は露と消え部活の剣道に邁進します。
3年になった所で門司区の公立高校が合併により4校から2校になり、成績がイマイチだった私は早めの白旗降参で生徒会執行部に入り、私立の指定校推薦を狙うという狡猾な作戦もあり早々に受験から退散しました。
しめしめとは思いつつも親には金銭的な負担が申し訳なくなり高校入学後間もなく、アルバイトを始めます。
高校はパソコンに特化した商業科を選択。偏差値が低い高校だったこともあり成績は常にトップクラス。ただ、パソコン・情報系が面白いほど点が取れず、致命的な進路の選択ミスを犯したと当時は震えました。
ちなみに未だにフリック入力が出来ません。連打して書いています令和のこの時代に。

そんな私ですが、アルバイトでは勤勉だったこともありリーダークルーの研修に参加させて頂いた事をキッカケに発注や棚の作成や数値管理をさせて頂き、学校で学ぶ知識をその日のうちにアウトプットする機会が恵まれたり、お客様と日に日に仲良くなっていく小売の魅力を存分に味わいました。
部活はバスケ部で副キャプテンとなりアルバイトも週4ペース、空いた時間は無料講座を行なっている資格の専門学校に通い学校の成績もキープしつつ友達とも遊ぶという充実の5足のわらじを履いていた私の進路希望は、卒業後就職でした。

しかし当時の彼女からこんな言葉を伝えられます。高卒とは結婚出来ない。
彼女が全てだった当時の青い私はこの一言をキッカケに大学受験を敢行。 結果は撃沈。親に負担はかけまいと国公立1本勝負に敗北しアルバイトでどうにか学費を払えそうな専門学校の夜間コースに入学。
悪友に恵まれるものの勉強も何とかこなし簿記2級を取得。続き1級も猛烈な勢いで勉強を重ねて学費に追われ夜勤を週6に増やしたところであえなく入院。

大人しく就職に切り替え、経理を希望するものの秋採用も終わりに近い季節で経理のポジションもキャリア選択にあるよとの言葉を鵜呑みにした私は、紳士服販売業の会社に就職。 スーツの奥深い魅力とお客様との濃密なファッション談義が数字に繋がる業界が肌に合い、配属先の長崎で師と呼べる人に出会います。
当時その方は店長をしており、何においてもスタッフ第一の考え方はカルチャーショックに感じるほど会社では珍しく、本当に家族のように暖かく私を輪に加え瞬く間にチーム一丸となり痛快の程お客様志向。活力漲る働きの中心はその店長でした。 誕生日にスーツをプレゼントされたり、店長と2人で肩を組んで千鳥足になりながら仕事終わりに飲んだりと仕事をしていた中で1番幸せだと思えたのと同時にどんなマインドで働いていればそんな風になれるのだろうと気になりたずねてみました。 店長である以上、スタッフが幸せでいられる為に努力を惜しむ事があってはならないがそれは案外楽しかったりすると回答して頂き理想とする働き方と店長像の大きな学びを得た出会いでした。

その後自身も店長をさせて頂き部下を持つようになり、ようやく慣れ始めた頃、父親の持病が悪化しそう長くない事が判明。直前に祖母が亡くなったものの遠方で店長をしている手前とんぼ返りせざるを得なかった状況がどうしても腑に落ちなかった私は退職を決意。 実家から近いステンレスの板金加工の会社に就職し、可能な限り実家に顔を出して帰る日々を送りました。
ある日母親から電話があり、急ぎ戻ると呼吸器が外れておりそのまま亡くなっていました。 祖母は悲しむ暇もなく、思えば物心ついて始めて身近な人間の死に触れ、気がつかぬまに心の処理が追いつかなくなり、休息を必要としてしまいました。

嫁の助けもあり、少しずつ回復に向かい完治に至った矢先、子供を授かった事が判明しました。
さあいよいよ働くぞと再就職先を探していた折に嫁が見つけてきたポスポスの求人。 初めは店長経験が活かせればくらいに思っていましたが、社長との面接で、AMOMAやビジネスレザーファクトリーのお話を直接お伺いしました。 昔から兄や母親がボランティア活動をしていたこともあり誰かのために何かをしたいという漠然とした希望感が未来の子供達のためにリユースをファーストチョイスにという明確なビジョンになり、思わず面接の場で社長に働きたいですと素直に伝えた覚えがあります。
そんな私もポスポスで働かせていただく事になり北九州でリユースの小さな波からスタッフとお客様の力を借りて大きな波に、そして社会貢献できる素敵なお店にしていきます。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。