座右の銘

立って歩け 前へ進め あんたには立派な足がついてるじゃないか

メッセージ

子どもを産んでも働く、それを当たり前の選択肢にしたい。世界中どこでも女性であることがハンデにならない社会づくりを実現するために、まず、自分が成果を出していきます。

わたしの履歴書

1980年3月、埼玉県生まれ。

三人姉妹の長女。ただしわりと年の離れた姉妹のため、物心つくまで好き勝手していたらしく、それを引きずったのか世間一般の姉らしくしっかりせねばと気負うタイプには育ちませんでした。小学校のあゆみに6年間「マイペース」と書かれ続け、今思えば空気が読めてないですよ〜という先生からのやんわりとした指摘だったのだと思うのですが、本人は至って呑気に過ごしておりました。

親のすすめに従って中高一貫校を受験し、運良くとある女子校に入学。『社会に貢献する自立した女性の育成』を建学の精神に掲げる学校でのびのびと文学やサブカルチャーなどに打ち込んでいるうち、気がつけば高校の芸術コース(美術専攻)に入学していました。文学から美術? とお思いかもしれませんが、とにかく本が好きだったので、本を作る仕事に携われたらな……とぼんやり考えていたのだと思います。そのままの流れでデザインを専攻し、なんとか武蔵野美術大学の短期大学部に潜り込みました。

短大では製本や編集計画などを学びましたが、当時はちょうどインターネットが一般化し始めた時代で、新しもの好きの父が自宅にインターネットを持ち込み、その面白さにのめり込んでしまいました。テレホーダイの時間は当然フルに使い、寝不足の日もしばしば。このあたりからだったでしょうか、紙で食べていける時代はもうすぐ終わるな、ウェブを学んでこれで食べていこう思うようになりました。

そんな折、ちょうど大学のカリキュラムでごく簡単なHTMLの基礎を学ぶ機会があり、これはもっと勉強したい! と専攻科(大学で言う院)へ進学。それでも飽き足らず造形学部の新設学科だったデザイン情報学科へ三年次編入。第1期生たちと一緒にPerlの基礎などを学び、在学中にサイト制作のアルバイトなどもしながらウェブの知識を深めていきました。

しかしなかなか就職の厳しかった時代で、希望通りの職にはつけず、新卒で就職した会社ではウェブから離れて飲食店や美容業界向けのSPツール制作などDTPを行っていました。ところが1年で事業部が解散。転職活動をして小さな広告代理店に入り、そこで主に中小企業を主クライアントとしたSPツール・ウェブサイト制作を約10年間担いました。人数の少ない会社でしたので、とにかく選り好みせず目の前のやれることは何でもやる、無理ならやれる人を探してきて分業する、という仕事の仕方を学びました。

そしてこの会社に在籍している間に妊娠・出産を経験しました。幸い理解のある社長で、短いながらも育児休暇を取得し、元のポジションに戻ることができましたが、世の中には職場復帰をしたくてもできない女性がたくさんいるという情報が耳に入ってきます。また、働きながら子を育てるのもまだまだやりにくい社会だなと感じるようになりました。元より結婚しても子ども産んでも仕事を辞める気はさらさらなかったのですが、実際に子を産んだことで『子を育てながら働くのが選択肢として当たり前の社会になるよう、絶対に仕事を持ち続けよう』という思いが強くなりました。

子育て中も長く仕事を持ち続けるためにキャリアアップを考えるようになり、断続的に転職活動を続けていた中でJOGGOの求人に出会いました。元々革小物がとても好きで、カスタマイズできる革小物という文字に「面白そう!」と強い興味を持ち、諸条件を確認して驚きました。まさに私がこういう社会になるべきだと思っている条件が提示されています。驚きながらボーダレス・ジャパンという会社をさらに調べてみると、社会貢献をビジネスとして本気でやっている会社らしいのです。これは一度会って話をするだけでも損はしない! 別に通らなくても死にゃしない! とダメ元で応募。ありがたくもメンバーに加えていただくことになりました。

ウェブデザイナーとして、ボーダレス・ジャパン各商品のファンの皆様にいち早くよい商品をお届けできるよう、また、たくさんの方々にボーダレス・ジャパンを好きになっていただけるよう、サイト制作を担っていきたいと思います。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。