座右の銘

Imagination means nothing without doing.

メッセージ

「社会問題の解決」「ソーシャルビジネス」と聞くと、大それた遠い話のように感じるかもしれません。私も初めて発展途上国で起きている社会問題について知った時、やりきれなさは感じたものの、中途半端な気持ちで取り組めることではない、これは高尚な思いをもった人だけができることだと考えていました。
でもこの仕事に携わるようになり、社会問題解決は、私たちが自分の半径5メートルにいる家族や友人を大切に想う気持ちの延長線上にあるのだと思うようになりました。幸せでいて欲しい誰かがいて、そのために自分が行動を起こしたいという気持ち。それはきっと数千キロ離れた地球の裏でもつながっている。そのことを強く実感できる仕事です。

わたしの履歴書

1988年3月7日東京生まれ。2人姉弟の長女。
母に幼い頃のことを尋ねると、決まって「ジャングルジムをどこまでも登っていって、てっぺんのその先まで登ろうとしてたよ」という話が出てきます。(その先とは、一体…。)そのエピソード通り、脅威の怖いもの知らずぶりにより、怪我の尽きない(これまでに骨折5回)活発な女の子でした。
一方で、本が大好きで、暇さえあれば詩や物語を書き連ねる…という繊細な面も持ち合わせ、傷だらけの文学少女というロック(?)な幼少期を過ごしました。

ボーダレス・ジャパンへの入社を決めた思いの種は、高校時代にさかのぼります。

外国籍の生徒や帰国子女の多い、都立唯一の国際学科の高校「都立国際」に進学した私。ここでの価値観の出会いは、小中とスクールカーストガチガチのTHE日本の公立校!で育った私にとって、パラダイムシフトの連続でした。

協調性が一番大切だったこれまでの価値観から、ユニークさが重視され「“あなたは”どう考えるのか」が問われる。自分の好きなことを、大きな声で好きと言える。自分が今したいことが尊重される。
自分は自分のままでいていいんだ、というおおらかで自由な環境への居心地の良さを感じれば感じるほど、哀しいことに日本に流れる価値観や風習を少しずつ嫌いになってしまいました。

そんな考えが少し変わったのは、高校2年生のときに経験した、イギリス・ブライトンへの短期留学がきっかけです。
憧れの初めての海外留学で私を待っていたのは、想像もしていなかった日本人への偏見でした。今でも覚えているのは、サマースクールの教科書に描かれていた、悪意を感じるほどに滑稽な日本人のイラストとエピソードに、クラス中から失笑されたこと。悔しいけれど、へらへら笑うばかりで、何も言葉を発せなかった自分が情けなくてたまりませんでした。
でもこの時気づいたのです。悪いのは笑った彼らではなく、笑われてもきちんと自分の国について説明できない自分なのだと。そして私は日本人であることからは逃げられないのに、何もしないで勝手に自分の国に失望していたことに。

そして帰国後に、色々な視点から調べていく中で、今まで豊かだと思っていた自分の国に、たくさんの課題が潜んでいたことを知りました。国民幸福度や女性活躍の指数の低さ、自殺率の高さ、子どもの虐待や貧困…。知れば知るほど、どこか遠く感じていた社会問題が手の届く範囲のところに溢れていたことに驚き、この時自分の国で起きている問題を、嘆くのではなく、自分の手で変えていこうと心に決めました。

大学では、高校までの世界に出る!という方針を一気に転換。慶應義塾大学文学部に進学し、言語が文化に与える力を信じ、国文学を学びました。(しかしながら大学ではグランドホッケー部にすべてを注ぎ、短歌ひとつ覚えていないのはここだけの話です)

卒業後は、キリンビール株式会社に入社。CSRや地域貢献活動に力を入れていたことが大きな決め手で、地域にある飲食店を担当する業務用営業に3年半奔走しました。百戦錬磨の上司や得意先の飲食店オーナーのみなさまに、ビジネスと社会人の基本を叩き込んでいただきました。
一方で、ビールを売るための地域貢献という限られた活動範囲へのもどかしさを感じ、もっと直接的に社会問題解決への行動を起こしたいという思いが募るように。
そんな時に知ったのが、人々の「つながり」や「創造の力」で、社会の問題を解決していくという“ソーシャルデザイン”という考え方でした。
「こんな方法があったのか!」と運命的なものを感じ、すぐに転職を決意。NPO法人スマイルスタイルでは、若者就労支援事業を中心に、行政をクライアントにしたさまざまなプロジェクトに携わりました。デザインやことば、場をつくることが人を動かす力。誰かの痛みと真摯に向き合うことが、社会問題解決につながっていくこと。政治家や専門家でなくても、創造力とやり抜く強さがあれば、社会を変えることができるかもしれないという予感。
ここでの経験がなかったら今の私は絶対にないと言えるほど、尊敬できる素敵な仲間と貴重な日々を送らせてもらいました。

ボーダレス・ジャパンと出会ったのは偶然のできごとがきっかけでしたが、「ビジネスの力で社会を変える」というビジョンに感銘を受け、「ここしかない!」と入社を決めました。これまで重ねてきた経験があったからこそ、CSRという領域や行政の事業という枠組みを超え、社会問題の解決が自立したビジネスとして広がっていく仕組みをつくることの可能性を感じています。これが高校生の私が思い描いていた、自分の感じる違和感を自分で変えていける社会につながっていくと信じて。バックアップオフィスのメンバーとして、商品やサービスに載せた起業家の思いが届くように、サポートしていきたいと思います。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。