座右の銘
いつも危険だと思うほうに自分を賭ける。それが生き甲斐だ。
なぜこの仕事をするか
インドの子ども達が笑って遊んで学校に行って、働かなくてもいい社会にするために親に安定した雇用を生むビジネスをしたい。
わたしの履歴書
1992年、奈良県十津川村で生まれる。最寄駅と最短のスーパーまで1時間の、秘境の中で育つ。塾も習い事も一切行かずに良い成績をおさめ、優等生として小中高を過ごす。図書館でフォトジャーナリズム雑誌や児童労働についての本を読み、写真越しの子ども達の冷めた瞳にショックを受ける。
カナダの大学に進学しようと準備を進めるも、資金面で断念し進路が決まらないまま高校卒業。地元の温泉宿でバイトを始める。
アジアなら学費も安いのでいいのでは?と思い、インドでの大学進学を見据えバラナシでヒンディー語を学ぶ。しかし留学中デング熱で生死の境をさまよい、親に心配をかけたので10ヶ月間の語学コースを終え日本に戻る。
今度はしっかりとした自分で胸を張って戻れるようにと、将来的にインドで働く為に神戸の大学へ進む。長期休みの度にインドへ行き、子どもを支援するNGOでインターンをした。現地で働く子どもを沢山見た。
彼らのために何かしたい、という思いでインドの大学院でソーシャルワークの修士号を取ることに。朝9時から夜2時まで勉強し、毎週スラム街に実習に行った。勉学のプレッシャー、言葉も満足に話せない外国人の私が子ども達に何ができるのか?という苦悩から、もう全部投げ出して日本に帰りたい、と何度も思う。
でもその度、自分はいつでも全てやめて帰れる場所があるけど、インドで働く子どもたちは逃げ出せないんだ、あの小さな体で自分の置かれた状況と闘っているんだ、と思った。
インドの子ども達が働かなくていい社会をつくるため、親が安定した雇用状況で働き家族の生計が向上するようなビジネスをしよう、と決意しボーダレスジャパンに入社。社会起業家になるための奮闘はまだスタートしたばかり。