座右の銘

普通じゃないが普通

なぜこの仕事をするか

『妥協して働く』を『特性を活かして働く』へ 発達障害という個性があっても、職種や労働環境を選んで働ける場所があるということを言葉だけではなく見える状態で発信したいから

わたしの履歴書

1993年6月生まれ、埼玉ののどかな田舎育ち。

裸足に半袖半ズボン、遊ぶものといえば『跳び箱』『コマ回し』『竹登り』。そんな少し特殊な保育園に生まれて10ヶ月で預けられ、幼い頃は8人ほどいる幼馴染と草むらを走り回って擦り傷を作りながら育ちました。木登りをすれば、木登りの苦手な子がどうやったら落ちないように一緒に上まで登れるだろうと頭を合わせて考える日々。今思い返すと、お互いが小さいながらに面倒を見合って生きていたんだなと思い懐かしくなります。

小学校に入学し、時間割などなく園児のやりたいことに先生が付き添ってくれる保育園生活から、規則の中で生活する小学校への環境変化にカルチャーショックを受けたことを今でも覚えています。椅子に座っていることのなかった保育園から椅子と机に挟まれ一点を見て45分間の授業を受ける学校とのギャップに半泣きになり、小学校で初めて文字を覚えたため、文字がなかなか読めない書けないと苦戦。その反面、体育や図工、家庭科などは不得意なものがなく先生が手本をできないものがあれば、代わりにお手本をする担当でだったことを思い出しました。

その後、あまり頭は良くなかったものの高校まで進学し、安定した仕事という理由で看護大学への受験を控えた高3の春、『本当に学びたいものは舞台芸術』と志望校を日本大学芸術学部演劇学科へ。当時、担任の先生や両親に『経験のないオーディション形式の入試に3ヶ月の準備期間で合格するのは無謀だ』と言われましたが、一切折れなかったため挑戦することを許してもらいました。そして、運良く演劇経験のある先生や他学年の合ったこともない先生が、毎日のように試験に出そうな戯曲を探してきてくれたり添削などできる限りの対策を一緒にしてくださり無事合格することができました。

 大学での生活は、自分の興味のある分野を学べることに加え、普通という言葉に縛られない仲間や教授たちと出会えたことで毎日充実していました。いい意味で型破りな保育園出身の私には、普通を求めない大学の生活が性に合っていたようです笑

目の前だけをこなしてきた学生時代大変だったのは就職活動。

演劇学科なのになんで普通に働きたいのかと聞かれても出てくる言葉はなく、ことごとく落とされ続け、やっと就職できた仕事もミスが多い上なかなか仕事が覚えられず体調を崩し退職してしまいました。そんな中、前職の先輩が『ADHD』という発達障害があるということを教えてくださり、その傾向と似ていることが引っかかっていたため思い切って精神科を受診し『傾向あり』と診断を受けました。

その後、再就職を目指し発達障害をオープンにしてアパレルで1年間アルバイトをしながら、障害者枠での仕事を探していた時にJOGGOと出会いました。

低賃金でアルバイトや委託のような正社員以外の採用枠を数多くの会社が提示している中、障害の特性を活かして同じ正社員という土俵で働けると知り、障害を理由に妥協しないでいいんだ!と気づくきっかけにもなりました。実際、私自身も妥協するつもりはなかったのですが、周りの情報や意見に流され低賃金でも長く働ければと思ってしまっていて、そんな中出会えてよかったなと思っています。

現在は、革職人として久米川で革商品の製作をしています。それぞれ個性がキラキラしていてとても楽しい職場です。時には個性が強くてぶつかってしまうこともありますが、そんな時は話し合ってお互いが気持ちよく働けるよう改善して生きます。これができるのも本気で障害者雇用にインパクトを与えようとしているJOGGOだからなんだと思います。

そんな場所にいるからこそ私も自分が働くこと、会社として成長することで同じように就職で悩んでいる人に向けて『働く場所や雇用環境は自分で選べるということ』を発信していきたいと思っています。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。