座右の銘

たいした苦労も奮闘もなく、君の青春は一体なんなんだ。 誰かを褒める時に、誰かを貶す必要はない。

なぜこの仕事をするか

「すべての子どもたちが自分の夢を持ち、それに向かって頑張れる環境を提供するスペシャリストになる。」というビジョン達成に向け、重要な通過点だと思ったから。 BLFのビジネスモデルを波及させ、かつ、BLFというブランドをより素敵なものにしたかったから。 この仕事を通し、関わるすべての人に貢献したいと思ったから。

わたしの履歴書

小学校低学年まではサッカー選手になりたいと思っていました。
自分にはその実力が無いとわかってくるとともに、お世話になっていたお医者さんを見て、医者になりたいと思うようになりました。なんとなく子どもを助けたいと思って、小児科医になるという夢を持ったのが小学校高学年頃です。

小学校6年生くらいの時、たまたまCMでみた国境なき医師団に心を奪われました。
センセーショナルな現場、活躍する医師の姿。そしてなにより、国境なき医師団という名前のかっこよさ。
小学校卒業前、将来の夢という題材で、小児科医になって国境なき医師団で活躍する自分を描いたことをなんとなく覚えています。

とはいえ、算数と数学が壊滅的だった僕が、いつのまにか教師になりたいという夢を掲げたのが中学生の頃、人格形成に携わりたいという理由をつけ加えながら、大学入学まで小学校の先生になるという夢を目指していました。
別に教師になるという夢が中途半端なものだったかというとそうではなく、本気で先生になりたいと思っていたし、子どもたちの可能性に貢献できる人になりたいと思っていました。
小学校教員養成課程に定評がある大学・学科を選び、教師に向かってまっしぐらでした。

大学では小中高と続けたサッカーをやめて、なんとなく興味のあったコクサイキョウリョクをしてみたいという理由でインドの子どもたちに対し奨学金支援を行う学生団体に入りました。
「僕たちは世界を変えることはできない」という映画を見たり、学生団体の先輩、JICA職員の話を聞く中で、その漠然とした思いは強い意志に変わり、経験を通し、自分の人生のテーマの1つになっていきました。

大学1年の夏にNPOの主催するスタディツアーでインドに渡航したのを皮切りに、大学生活では計6回、インドで活動しました。
他にも、大学を休学してフィリピンやケニアで活動し、世界で起きている事象に触れることができました。

海外で出会ったストリートチルドレン、貧困にあえぐ農村の人々、抑圧されるソマリア人ギャング、NPO職員、活動家、交流した人たちのみならず、日本で出会った人たちや出来事を通して今の自分にたどり着けたと思っています。 だから本当に感謝してます。

元来、僕は自信家のくせに他人の目が非常に気になるうえに天邪鬼という厄介な人物です。 この性格は面倒だし精神衛生上良くないというのは薄々感じてましたが、見て見ぬふりしたせいでしんどい思いや伸び悩みも経験しました。
このままじゃダメだと本気で思わせてくれたのは、友達とBLFの人たちです。

これからはそうした自分含め、今までの自分とは一旦さよならして、謙虚に素直にひたむきに物事に取り組んでいきたいです!!!! 好きな食べ物はイカです!!

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。