座右の銘

いつかさらばさ

メッセージ

僕は自分さえよければそれでいい。でも、そのためには皆の笑顔が必要でした。

わたしの履歴書

小さい頃、僕はずっと「いじめられっ子」になりたいと思っていました。

父親の転勤で、3歳の時にインドネシアへ移住。
今までとは全く違う空気、匂い、言葉、人々に圧倒されつつも、新しい環境に身を置くことで、
所謂“ぐろーばる”な視点から物事を観ることが出来るようになるのでは…と、
幼いながらも胸を躍らせていました。

しかし、そんな想いも束の間。空港から新居へと向かう車の中のことでした。
激しいスコールが窓ガラスを滑り落ちていく様子を眺めていると、突然小さな手が現れ、その流れを分断しました。
僕と2、3歳くらいしか違わない少年が「傘を買ってくれ」と、窓ガラスを叩きながら言うのです。

こんな雨の中、なんてかわいそうなのだろうと窓を開けようとした僕を、父は怒鳴って制止しました。
「買う気が無いのに、哀れみだけで手を差し伸べるな」

その瞬間、激しく車体を打ち付けていたスコールの音が、すぅっと遠くなったのをよく覚えています。

その時感じた違和感を何度も噛み締め、飲み込もうとしても上手くいかず。
気づけば自分の殻に閉じこもり、毎日一人黙々とレゴブロックで遊んだり、
日本から持ってきた「ドラえもん」の映画をビデオテープが擦り切れるほど見ていました。

その登場人物である“のびのび太”。

僕は彼にひどく焦がれました。ジャイアンやスネオにいじめられていたけども、
彼には“ドラえもん”というヒーローが居たからです。「いじめられっ子」になれば、
僕にもヒーローが現れるのでは…と、当時は本気で思っていました。(今でもちょっと思っています。ドラちゃん待ってます。)

後に、それは大きな間違いであったと気づくのですが、一度決めたことには一直線な性格は今も昔も変わらず。
全ては「いじめられるため」に、わざと人を困らせるような行動をとったり、傷つけ、両親を泣かせてきました。

少し長くなってしまいましたが…、それから20年以上経った今でも、僕は殆ど変わっていません。ごめんなさい。

少し変わったことがあるとすれば…。
それは、僕がどれだけ道を踏み外しても、僕のことを信じ、愛し続けてくれた家族の愛に触れられたこと。
「誰かのために何かをすること」その結果、喜んでくれた時の笑顔がどれだけ自分を幸せにしてくれるかを教えてもらえたことです。

僕には大それた目標や、「貧困問題、絶対解決してやるぜぇ」みたいな熱い思いもありません。
しかし、自身が命を懸けて「少しでもより良い社会にしよう」と、毎日真剣に戦っているボーダレスのみなさんを見ていると、
「自分に出来ることがあるなら何か手助けがしたい」と強く思います。

僕は、本当はドラえもんになりたかったのかもなぁ。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。