座右の銘

常に感謝!

なぜこの仕事をするか

学校を卒業して社会人デビューしたけど様々な理由でつまずいてしまう若者が多い。本人の能力はあるはずなのに、その力が発揮できない人達がたくさんいるこの環境を変えるため。

わたしの履歴書

1993年8月31日、宮城県仙台市生まれ。
物心ついた頃には東京で生活していたので宮城県のことは何も分かりません。
まだ私が幼い頃(7歳)に父親の金銭トラブルにより私は児童養護施設というところに預けられました。都内にある施設でそこで7歳から18歳までの11年間育てられてきました。なので、反抗期も青春もいろいろなことを施設で経験しました。

小学校低学年までは非常に体が病弱で毎年夏に施設のイベントで海水浴があり、いつも行った先の現地で救急車に運ばれていたのを思い出します。小学校4年生の時に施設のある職員にサッカーの楽しさを教えてもらい、それ以来ずっと頭の中はサッカーのことばかりでサッカーを始めたことで体力もついてきてました。

高校ではやりたかったサッカー部に入り初心者ながらなんとか3年やり切りました。チームとして助け合い、そしてライバルでもあるという環境に始めて身を置いたので私にとってはとてもいい経験になりました。

高校を卒業して施設を出た後は新聞奨学制度を使って専門学校に3年間通い、新聞配達と学校の両立をやり遂げました。そして、施設を出て始めて施設のありがたさを知りました。帰ってくれば当たり前のようにご飯が用意されていて、洗濯物もやってくれる、朝も起こしてくれる。そんな環境が当たり前だと思っていました。

専門学校卒業後は新卒で印刷会社に入社しました。主に工事現場の事務所に新規、ルート営業どちらもやり毎日大忙しでした。しかし、残業が多くて仕事しては家に寝るためだけに帰る日々が続いてその環境が嫌で転職をしました。
その後も何度か転職を繰り返してここに入社することになりました。

ここに来る前は実はボーダレスキャリアの利用者でした。「自分のやりたいことは何か?」と真剣に考えた時に、「同じ社会的養護出身の人が社会に出て困っていたら自分が助けてあげたい」、「児童養護施設の認知を社会に広げたい」という強い想いを抱いていました。同世代の若者を何とかしてあげたい、1人の人として生きやすい社会を作ると強く思い、今ではスタッフとして働いています。

今までたくさんの方に支えられて今の自分がいると思っています。
・どんな時でも感謝の気持ちを忘れない!
・少年の心を忘れない!
・見た目だけで人の好き嫌いを判断しない!
この3つはこれまでの生活で培った私の3本柱です。これからも仕事、プライベートを通じてたくさんの方と出会い、たくさんの経験を積んで1人でも多くの人を助けられる存在になりたいです。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。