座右の銘

為せば成る

メッセージ

社会人になれば、自分の時間の大半は働いて過ごすことになります。せっかく多くの時間を費やすなら、自分の夢に向かっていきいきと働きたいと思っています。私の夢は、貧しくて困っている人々が、人生の選択を自由にできるようにすることです。ビジネスで色々な社会問題の解決に取り組むボーダレス・ジャパンなら、その理想を実現していけると確信を持って入社しました。志の高い仲間たちと日々切磋琢磨し、理想の社会を実現していきます。

わたしの履歴書

宮本理奈子
1990年8月生まれ。意外にも2人姉弟の長女です。 福岡の人にはなぜか言わずとも出身地が大阪とわかられます。なまってるといわれますが、そう言うみんなもなまってるやん!というツッコミはまだ口に出せていません。密かに博多弁の習得も目論んでおります。

そんな私は生まれも育ちも大阪で、小さい時からよくしゃべるマイペースな子供だったようです。お母さんとけんかしたときは、お母さんを置いて一人で幼稚園に行っていたとか。生意気ですね。

貧困問題に関心を持ち出したきっかけは、小学校の時にみたアフリカの貧しい子供たちの特集番組です。
同じ人間なのにここまで違う人生があるのかと、とてもショックを受けたことを覚えています。恵まれた環境にいるにも関わらず、その環境に感謝もしていなかった自分が恥ずかしくなりました。貧困で困っている人たちのためになにかしたい!と思ったものの、どうしていいかもわからず月日はたち、小学校も卒業を迎えました。とりあえずヤンキーのいない私立の女子校に進学しました。

部活はダンス部に入りました。女子高の体育会系縦社会です。
先輩への挨拶がなかったという事で2時間ほど正座のままお説教されたり、合宿で何人も倒れたり、非常に刺激的な部活でした。その後私がどんな環境でも楽しめるようになったのは、ダンス部の諸先輩方のおかげだったかもしれません。

そして中高一貫だった為、6年間周りには女子のみ。青春への期待に胸を膨らませたピュアな私も、いつしか笑いをとるのに精一杯の毎日。女子力を失いながらも、下品で楽しい日々を過ごしました。
また、特にすることがないので勉強をしていたら、阪大にぎりぎり受かる程度にはなりました。そこで、阪大の外国語学部にスワヒリ語専攻なるものがあることを知り、ふと小学校の時に受けた強い衝撃を思い出しました。
アフリカの言語や政治、経済を学べば、貧困の国というメディアによって作られたバイアスに惑わされないアフリカの実情に近づけるのではないかと思いました。 また貧困問題に対しても一歩前進する契機となると信じて入学を決意しました。

様々なことを学ぶ中で、アフリカ諸国には、現地政府の腐敗、援助の失敗等々、想像よりはるかに複雑な問題があることを知りました。そして、実際に自分もケニアに行ってみました。1か月のボランティアで、現地では片言のスワヒリ語を話す変な日本人として絶大なる人気を博し、大変楽しい思いをしてきました。
ただそのボランティア自体は本当に貧しい人たちの為になるのか、持続可能であるのか、疑問が残るものでした。彼らの生活水準の向上には、ボランティアや援助ではなく、持続可能なビジネスが必要だと考えるようになりました。

そこで途上国のビジネスの参考になるかと思い、近年発展著しいインドへ半年間インターンに行きました。しかし、英語やその会社の実務には慣れても、貧しくて道路で生活するインドの人々とは全く関わることができないまま帰国の日を迎えました。帰国後は就職活動を始めましたが、普通の会社ではまた貧困問題や社会問題から遠ざかってしまうのではないか、と悩んでいた頃にボーダレス・ジャパンに出会いました。

ソーシャルビジネスで社会問題を解決する、というまさに自分が考えていたことに本気で向き合い、すでに実践している会社でした。この会社なら、社会問題に対して直接的な解決策をうみだすことができると確信しました。これから身につけられること全てを吸収し、アウトプットを磨いて、大きく社会に貢献できる、影響力のある社会事業家になりたいと思っています。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。