座右の銘

為せば成る

なぜこの仕事をするか

人生は一度きり。世の中で理不尽だと思うことを、しょうがないで終わらせるのではなく、理想の社会に向けて自分ができることを頑張りたいと思っています。
現在は、子どもを育てながらでも女性が社会で活躍し、経済的自立できるような事業の創造を目指して日々奮闘しています。

わたしの履歴書

宮本理奈子

1990年8月生まれ。生まれも育ちも大阪です。

特技は息継ぎなしで永遠にしゃべり続けること。

入社初日に当時の上長から、「君のあだ名は「口」だ」と器官名を自身のあだ名として拝命するレベルの実力です。 (今も社内では親しみを込めてくっちーと呼ばれています。)

貧困問題に関心を持ち出したきっかけは、小学校の時にみたアフリカの貧しい子供たちの特集番組です。 同じ人間なのにここまで違う人生があるのかと、とてもショックを受けたことを覚えています。

自分の家が貧しいことに不満を持って生きていた自分が、恥ずかしくなりました。貧困で困っている人たちのためになにかしたい!と思ったものの、どうしていいかもわからず月日はたち、大学受験が目前に。

大阪でスワヒリ語が学べる大学があるとあることを知り、ふと小学校の時に受けた強い衝撃を思い出しました。

様々なことを学ぶ中で、アフリカ諸国には、現地政府の腐敗、援助の失敗等々、想像よりはるかに複雑な問題があることを知りました。

そして、実際に自分もケニアに行って現地のボランティアに参加しましたが、内容はフェンスを建てるために学校の門の外側に穴を掘る、というものでした。

フェンスは必要だけど、これで社会が変わるのか、持続可能であるのか、疑問を感じながらの滞在でした。

開発援助の失敗例を学ぶうち、彼らの生活水準の向上には、持続可能なビジネスの方が有効なのではと考えるようになりました。

そこで近年発展著しいインドへ半年間インターンへ。しかし、その会社の実務には慣れても、貧しくて道路で生活するインドの人々とは全く関わることができないまま帰国の日を迎えました。

普通の会社ではまた貧困問題や社会問題から遠ざかってしまうのではないか、と悩んでいた頃にボーダレス・ジャパンに出会いました。 ソーシャルビジネスで社会問題を解決する、というまさに自分が考えていたことに本気で向き合い、すでに実践している会社でした。

入社から6年、今は子どもがいる母親の立場として、当時貧しかった頃に母親でも社会に活躍できる場があり、経済的に自立できたらどんなに良かっただろうと思います。今も国内の貧困に目を向けると、子どもを一人で育てながら、日々の生活をギリギリで生きているたくさんのお母さんがいることに気づきました。

自分ひとりで何ができるかはわからないけれど、少なくとも何か変えられることがあると信じて挑戦してみたい。 現在はシングルマザーの就労支援事業を立ち上げ、日々奮闘中です。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。