座右の銘

思いを想いで終わらせない

なぜこの仕事をするか

「差別・偏見」という個性や可能性の発揮を阻む要因にアプローチし、誰もが個性や可能性を発揮して、イキイキと生きられる社会を実現したいからです。私は人の個性や可能性が輝く場面に、とてもワクワクします。常に私自身がワクワクしながら、より多くの人が個性や可能性を発揮して輝けるような場づくり、仕掛けづくりを行っていきたいです。

わたしの履歴書

1996年11月10日、2人姉妹の長女として生まれました。
3歳違いの妹が愛おしすぎて食べてしまった(ほっぺを思い切り噛んで流血)くらいに溺愛していましたが、マイペースでどんくさい私とは対照的にしっかり者で無駄に大人びた妹は頼り甲斐があり、気が付けば姉妹の立場が逆転しているような関係性です(笑)

幼い頃から一切人見知りをせず、外に出ると知らない人にどんどん話しかけてしまうような人懐っこい性格で、小学校入学前に母が「知らない人がアメくれたらどうする?」と尋ねたところ「付いてく~!」と満面の笑みで即答するような子どもだったそうです。心配です。

母子家庭でしたが、家でピアノ教室を営む母のおかげで、家には毎日子どもから年配の方までたくさんの人が出入りし、成長を見守ってもらえました。たくさんの人に気にかけてもらい、育ててもらえたことは、本当に幸せだったと今改めて思います。

転機は小学3年生のときに母に連れて行ってもらった海外旅行。
そこで自分よりも幼い子どもが手足を切られ、乞食をしている姿を見て衝撃を受けました。
「なんで生まれた場所が違うだけで、こんなにも生活に差があるのだろう」と子どもながらに強い憤りを感じたことを覚えています。

その後小学5年生と中学1年生でお世話になった担任の先生が、JICAの青年海外協力隊経験者で、総合の時間に話してくれた海外のことや、現地の人々の暮らしを聞いて、「自分が感じていたモヤモヤに立ち向かっている大人がいるんだ!」と感激すると同時に、「自分で世界を見てみたい、知りたい」という気持ちが強くなっていきました。

また中学生になると、給食費が払えなかったことでいじめを受けるクラスメイトや、厳しい家庭環境が原因で希望の進路を諦めてしまった友達がおり、本人の意思とは無関係に置かれた境遇によってその人が本来持っている可能性が十分に発揮できなかったり、人生の選択肢が狭められてしまったりすることへの強い不公平感と憤りを感じていました。
これらの経験から、「置かれた境遇に関わらず、誰もが個性や可能性を発揮して、イキイキと生きられる社会であってほしい」という思いが募り、そのような社会の実現に向けて自分に何ができるかを考えるため、大学では国際協力と教育を専攻しました。

大学に入ってからは、プログラムや語学留学、フィールドワークや旅行などさまざまな目的で、アジア・アメリカ・南米・アフリカ・ヨーロッパなど、いろいろな地域に行きました。多様な文化や価値観に触れ、自分の世界が広がっていく感覚がたまらなく楽しく、違いを楽しめるようになったことで自分らしさを受け入れることができ、より生きやすくなったとも感じています。

また、大学に入りいろいろな経験をする中で、これまで関心を持っていた格差の問題だけでなく、国籍や宗教による差別や、障害や特性による生きづらさなど、さまざまな問題に出会いました。私にとってはそのどれもが見過ごせない問題でした。
欲張りですが、自分にはどうすることもできない境遇に困難を抱え苦しんでいる人が取り残される社会ではなく、誰もが自分で人生を選択し、バックグラウンドも含めて「その人らしさ」が輝く社会で私は生きたいからです。さまざまな社会問題が原因で起こる悲しいニュースに心を痛める日々は、もううんざりです。

大学での勉強や海外での経験、さまざまな機関でのインターンやボランティアの経験を経て行き着いたのは、志を「ビジネス」で実現するということ。おこがましさを孕む「支援」という形ではなく、「ビジネス」という形で共に目指す未来を創っていきたいです。ボーダレスでなら、実現できると信じています。

ワクワクしながら、志の実現に向かって邁進していきます!

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。