座右の銘

人間の本性は善なり

なぜこの仕事をするか

貧困という自分ではどうしようも変えられない状態を抜け出すための機会をつくるため。

わたしの履歴書

※内定者インタビューを読む

小さい時のことは、自分ではよく覚えていません。
お母さんは、仕切り屋だったと言います。
兄は、小さい頃はしっかりしていて、お前の全盛期だった、と言います。

小、中、高と、総じて人生のほとんどの時間を友達と過ごしてきました。
校則の厳しい私立女子校の中高一貫校に入学し、学年トップを争う悪ガキとなりました。毎日友達と何をしたら校則を破れるだろう、先生に怒られるだろう、そんなことを考え、毎日それを行動に移していました。そんな中学生活を送っていると、先生に煙たがれる存在になり、学校を辞めてしまえと先生から直接言われました。当時反抗的だった私は、はい、では受験します。と答え、中学とは真反対の、共学で自由、都会にある都立戸山高校へ入学します。

金髪でダンスをやる、そんな絵に描いたような女子高生でした。この時、将来の夢は、と聞かれては、金持ち。と答えていました。私立女子校から都立へ行き、環境の違いに慣れず、刺激を求め1年間の交換留学に行くことを決めました。どうせなら他の人が行かないような国、ということでボンジュールしか知らない中、フランスの現地校に一年間留学することにしました。

全く言葉が通じない、気持ちが読めない。洗濯したいということさえスムーズに伝えられないような状況でした。そんな毎日を過ごすと、日本で自分が置かれた環境がどれだけ恵まれていたのか、両親や友達がどれだけ支えてくれていたのかを思い知り、感謝したい気持ちでいっぱいになりました。そして、これからはちゃんと周りの人の不満を生むことはやめよう、そんな環境を作ってくれる人たちに恩返しをしていこう、と心に決めました。

フランスでは、それと同時に格差の現状を目の当たりにしました。
渡航前にイメージしていた場所とは違い、アフリカからの移民が多く、宗教や経済格差などが社会問題となっていました。先進国であるフランスでもこんな格差があるのに、世界はどうなっているのだろう。貧困問題は、計り知れないほど大きいのではないか。そんな想像をしているうちに、
国から変わっていかなければならない。そして私が、国から変えたい。
という思いを持つようになり、政治学を勉強することを心に決めました。

帰国後は寸暇を惜しんで受験勉強に没頭しました。初めて勉強が楽しくてしょうがないという気分を味わいました。合わないと思っていた高校も、帰国後はガラッと見方が変わり、人のことを思えるクラスメイトも、先生も、環境も、すべて大好きになりました。

大学は京都大学に進学し、法学部であるのに法を毛嫌いし、政治学の授業ばかりを取りました。また、AIESECという学生団体に所属し、海外インターンシップを通して、途上国の問題に取り組む人材を増やそうと奮闘していました。特に幹部を一緒にやった5人は、志が高く、能力も高く、また思いを共有できるメンバーで、多くの刺激を受けました。またいつか、あの時の仲間と一緒に活動すると、勝手に決めています。

周りが就活に打ち込む中、資本主義という悪を作り出す民間企業には行きたくない、という社会も知らずに持った謎のポリシーの下、行きたいところが見つからず、就活からは逃げていました。そんな三回生の夏休み、自分が提供するプロダクトを知らなければという思いから、チュニジアにAIESECにてインターンシップに行き、アラブ圏の美しさと女性の人権問題に直面しました。

もっと中東の現状を知りたい。そう思い、4年生の夏にヨルダンに一人渡航しました。首都アンマンは、シリア難民で混乱し、政府も全く対応できていない状態でした。同時にアラブ人の温かさや人との垣根の低さ、美しい土地とデザインに魅了され、いつかここに戻ってシリア人に喜んでもらえる環境作りをする、と決めました。

中東で見た環境は、自分の中でますます政府の在り方への疑問を膨らませました。
途上国政府の改善に取り組みたいと思い、イギリスの大学院で途上国のガバナンス支援を学ぶことにしました。学んだ結論は、ガバナンスの問題は根深くまた国民に大きな影響を与え、必ず変えていかなければならないものの、ほぼ独裁政権である中東では他人が政府改革に入るのは難しいという状況でした。

もっとダイナミックなアプローチで、難民問題に対応しつつ、現地の人の価値観も変えられるようなことができないか。
そこで、シリア人や他の中東女性がキラキラ働くソーシャルビジネスにたどり着き、ソーシャルビジネスとGoogle先生に打ち込み、最初に出てきたボーダレスに応募しました。
中東の人が自分の国を大好きになれるまで、自分はできるだけのことをしたいと思っています。そして世界中の人に機会が平等に与えられるまで、私は走り続けるつもりです。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。