座右の銘

What A Wonderful World.

メッセージ

世界中で苦しみ困っている人のために何かしたい、また地球環境のためにできることはないかと、私達は本気で考え、アプローチしています。それを笑う人はこの会社にはいません。自分の気持ちに正直に仕事したい皆さん、仲間になりましょう。

わたしの履歴書

1985年9月10日、埼玉県生まれ。
三姉妹の末っ子であまり叱られなかったそうで、姉二人には皆私には甘いと言われていました。
母曰く、私の成長過程を簡潔に言うと、絵本「わたしのわんぴーす 」のうさぎみたいにふわふわ遊んでたら、いつのまにか大人になっちゃったって感じだそうです。
ただ意志は強かったようで、 ふわふわで意志が強い。
これは今でも出会った人ほとんどに言われているので、三つ子の魂百まで、という事なんでしょう。

そんなふわふわ、自由な私は何にでもなれる、やれると思い成長していきました。世の中の人は全員、幸せになれるし、なるべきだ。。。と。

中学校時代は卓球部で厳しく指導され、部活漬けの毎日でした。
団体と個人で県大会出場とそれなりの結果を残し、今も付き合っている大切な仲間ができました。

時代はインターナショナルだ、と英語科のある高校の推薦試験を受けますが、プレッシャーによりbasketballとbaseballを読み間違え不合格。

英語で戦うのが怖くなり、私は浦和西高校という制服と校則のない世にも珍しい高校に入学します。
朝登校するとバナナの皮が罠として仕掛けてあったりする、とんでもない学校ですが、(今はそんなことないと思いますが)
自主自立の精神で自分のやりたいこと、学びたいことは自分で見つけ、道を切り拓いていくものだと再確認しました。
この学校でやりたかった事はかなりやり尽くしました。ようはお祭り女で、文化祭などでファッションショー、演劇、実行委員等の裏方的仕事など、楽しそう、やってみたいと思うことはなんでもやってみました。

同時に、世界中で起きている諸問題に、ただ黙っているだけでいいのか?と疑問を持つようになりました。高校の授業や電車の中吊り広告がきっかけだったと思います。

命が保障され安全な国に居て、ただ自分のやりたい事をやる。。
私にはやりたいことがたくさんありました。料理をやって店を持つことが目標でしたし、文学、芸術など勉強したいことはたくさんありました。
でも、それでいいのか。
生まれた時から食べることもままならず、選択肢のない生活を送る子供達や、芸術の美しさどころか、夢や希望を知らぬまま売買される少女達がいる。。そういった状況を知りながら、何もしないというのは、気づかないより悪ではないか。何もできなくても、同じ状況に身をおいてはじめて意見できるのではないか。。などと考えていました。

そして悩んだ末母に相談すると、「支援のやり方はひとつじゃない。自分にできることが必ずあるはずなんだよ。」との返答をもらい、偏った考えを改め、自分のやりたいことが繋がるはずだと舵を取り直しました。

その後は製菓専門学校に入学し、卒業後はカフェや、洋菓子店などに勤務し、店を持つということを、目標に生きてきました。

飲食業での経験も落ち着き、身体を壊したことも原因で、前職の某老舗セレクトショップで販売員として働き始めました。
自分は関わることはないと思っていたアパレル業界でしたが、人生において接客、販売が楽しいと思えたのが初めての経験でした。
しかし店を持つ、世界の問題に対して支援したいというような目標は、無くなってはいませんでしたが段々と消極的な夢になっていました。

そんな時、CORVaとボーダレス・ジャパンを知り、自分の中で眠っていた母の言葉が蘇りました。
「自分にできることが必ずある」
偶然働く事になったアパレル業界での経験が誰かのためになる、と思いました。
そして自分の店を持つという目標をベースに一生続けられる社会貢献の道をもう1度本気で探したい、と。

What A Wonderful World.
"この素晴らしき世界"
空は青く樹木は緑で世界は何と素晴らしい。。。いや素晴らしくなれるのだ。
ベトナム戦争最中にルイ・アームストロングによって歌われたこの歌は、反戦の意だけではなく、
世界中の困難に立ち向かっている人々への希望、応援歌のように思われるのです。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。