座右の銘

Be the change you want to see in the world.

メッセージ

大学2年の夏、フィリピン。
以前から教師になりたいと思い続けてきた私の転機が、ストリートチルドレンとの出会いによって訪れました。
道端の物乞いの子供たちから両手を差し出されたときに何もできず、周りの大多数の人と同じように目を逸らしたこと、逃げたことへの罪悪感は「彼らを支援したい」という思いに変わり、ワークキャンプの広報活動に没頭するようになりました。
更に、現地の彼らにもっと直接関わるため、日本代表として「東南アジア青年の船」に乗船。約40日間に渡る様々な国の同世代のメンバーとの共同生活を通して、教師として人財を育成するのではなく、「ストリートチルドレンと呼ばれていた子供が将来を自分で選択できる社会を創る」と決めました。
1人ひとり違う問題意識を持ちつつ、それを解決すると覚悟を決めたメンバーが集まるボーダレスで、自分の思いを現実にします。

わたしの履歴書


 もし4年前の自分に「あなたにとって見過ごせない社会問題は?」と問いかけたら、大学の推薦入試対策で読んだ本の少ない情報を頼りに「子供の読書離れとかモンスターペアレンツとか…」と答えると思います。
 ですが、今ならこう答えます。「貧困問題。特にストリートチルドレンと呼ばれる子供達を取り巻く問題」。
 この変化のきっかけは、大学2年の夏、NPO主催のワークキャンプでした。
 以前から教師になりたいと考えていた私は、日本で教師になる前に他の国の子供達とふれあうため、そのキャンプに参加しました。開催地であるフィリピンの空港から宿に向かう途中で小学生くらいの子供達が道端で萎れた花を売っている姿を目にした時、自分の中で胸を締め付けられるような、一種の罪悪感のようなものが生まれたことに気が付きました。
 そして町の市場近くの路上で似たような子供達が突如目の前に現れた時、私は子供たちの悲しそうな視線と“give me money”を意味する差し出された手から目を逸らし、一緒にいた日本人メンバーについていくようにしてその場を去りました。市場では物乞いをされている観光客はたくさんいましたが、彼らにお金を渡したり話したりする人は見かけませんでした。
 この日の罪悪感と、徐々に湧いてくる自分の行動に対する後悔の念が、その後の私の行動と夢を変えました。帰国後には「ストリートチルドレンを支援するために行動したい」という思いが芽生えていました。



 翌年の春、更に他の国の現状を見るため、別のNPO団体が主催するマレーシアのワークキャンプに参加しました。そのキャンプでは学生の参加が施設運営のカギとなっていると知り、終了後はその団体の運営と広報活動に加わりました。
 大学の掲示板にポスターを貼ってまわり、教授に授業の時間を割いてもらって学生へのプレゼンを重ね、県外の大学にも出向いて説明会を開催し、睡眠時間を削って広報に明け暮れました。この時期は「もっと多くの学生に子供達の現状を知ってほしい」という思いと、マレーシアの孤児院で出会った青年の、「もしこの施設がなかったら今の自分はないよ」という一言が原動力になっていました。
 活動の甲斐あって参加者は次第に増え、広報チームもできました。しかし一方で、広報活動だけでは、ストリートチルドレンの根本の解決にならないと思い始めたんです。
 現地の青年たちの考えを知るなら彼らと共に活動しようと1年間の休学に踏み切った私は、彼らとネットワークを作るため、日本代表として内閣府国際交流事業「東南アジア青年の船」に参加しました。そこではASEANと日本の青年約340人を前に日本のNPOの活動を紹介し、自分の夢を語りました。夢を同じくする青年達と出会い、語り合い、約40日間に渡って生活を共にする中で、自分がこのまま日本で教師になることに疑問を感じ始めたんですね。
 教師として日本の子供達に勉学を教え、世界で活躍する人材を育てるか、それとも方法はまだ分からないけれど厳しい立場に置かれた子供たちを支援するために自分自身が走り続けるか。「自分の命を何のために使うか」と自分自身に問い続け、「ストリートチルドレンと呼ばれる子供達がいなくなり、全ての子供達が自分の将来を選択できる社会を、自分の手で創る」という答えにたどり着きました。



 それからは、それを実現できる仕事をするため、NPOやJICAで働いている知人に話を聞きに行ったり、インターネットで情報収集をしたりしました。ですが、これだ!と思える団体や企業はなかなか見つかりません。大企業では自分の問題意識に直結する仕事をもらえるとは限らず、子供たちの支援への遠回りになると感じたからです。NPO等は子供たちを直接支援することはできますが、資金等の関係で活動規模が小さくなり、根本の早期解決には繋がりにくいと考えました。
 その後、東南アジア青年の船の同期からボーダレス・ジャパンの話を聞き、自分がやりたいことが実現できる可能性を感じました。さらに、ホームページの「求める人物像」に挙がっている「どうしても成し遂げたい夢がある」「成長するためにはあらゆることを吸収する」…「そして、社会問題を見過ごせない」という項目を見て、自分の可能性を最大限に発揮できる環境はここだと思い、すぐにエントリーしました。計4時間にも及ぶ面接では、「本気でそれを実現する覚悟があるか」と何度も確認されましたね。教育の道しか考えず、ビジネスのビの字も知らない学生でしたが、それを言っていたら何も始まらないし、初めは誰もが初心者だと思った私は覚悟を決めて「あります」と答え、入社を決めました。
 ボーダレス・ジャパンで働くメンバーは一人ひとり違った問題意識を持っていますが、「自分の人生をかけて社会の問題を解決する」と覚悟して入社しています。こんなメンバーがそろっている会社が世界にいくつあるでしょうか。きっと数えるほどしかないでしょう。けれどボーダレス・ジャパンはそのうちの一つであることは間違いないと、内定者の私でも分かります。これが、私がボーダレス・ジャパンを選んだ理由です。
 今はストリートチルドレンの問題を解決するため、各国の孤児院の訪問とボーダレスの内定者との情報交換を通してビジネスプランづくりに取り組んでいます。少しでも早く実現させ、「子供たちが自分の将来を選択できる社会」にしていきたいです。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。