座右の銘

至誠通天

メッセージ

「より多くの人が生き生き働く機会を生み出すことで可能性を広げていく」 貧しいから、教育を受けてないから、子どもがいるから、etc. 多くの人が様々な理由で生きる上での選択肢が狭められ、その人自身の可能性が閉ざされてしまっていることにもどかしさ、悔しさを感じています。社会起業家になり、そういった問題を取り除いて、より多くの人の可能性を広げたい!というのが私の夢です。

わたしの履歴書

1991年1月5日生まれ。栃木県宇都宮市に生まれました。
もちろん好きな食べ物は餃子といちごです。
麻のひもを結ぶと強くなるように強く育ってほしいとの両親の願いから「麻結」と名付けられました。
その通り、自分のやりたいことを強く貫き通して生きてきたように思います。

幼少期はひとりで部屋の隅でお人形遊びに明け暮れ、
小、中学校はミステリー小説を読むことに明け暮れ、と一人の世界に浸って過ごしました。
今振り返ると根暗すぎてちょっとひきますね。

高校は女子高に通い、テニスに明け暮れる毎日。
女子高だからといってはっちゃけるわけでもなく、女子にもてたわけでもなく、男子高と合コンするでもなく、
普通に真面目に楽しく過ごしていました。
「くそ真面目」と言われることにコンプレックスをいだいたのはこの頃からでしょうか。
何事もコツコツ努力して変えてきたと思っていますが、ユーモアセンスだけはどう頑張ってもなかなか改善の兆しが見られず今は開き直っています。

英語のディスカッションの授業でまったく言葉がでてこず悔しい思いをして、「英語を話せるようになりたい!」という思いから、
大学は授業はすべて英語&留学必須の国際教養大学に進みました。

それまで海外に出たことも外国人と話したこともなかった環境から一転、
いろんな国からの留学生に囲まれ、各国に友達が増えていき、
なんとなく悪いイメージがあった国も「なんだ、実際に友達になったらそんなことないじゃん」思えるようになりました。
それが今ボーダレスハウス事業を行う中でも感じる「国を越えて多くの人が友達になることが国際関係をよくしていく一番の方法だ」という想いにつながっています。

社会問題に関心をもちはじめたのは大学1年のとき。
「ザンビアに学校を建てるプロジェクト」を行った方の講演を聞いて、
「世界には自分の知らない問題がたくさんある」という事実に衝撃をうけました。

それからの大学生活の中では、ベトナムの孤児院にボランティアにいったり、
ひきこもりなどの青少年支援を行うNPOでインターンをしたり、
3.11の震災があった時には毎日朝から晩までボランティアに駆け回ったりと、
どうしたらいいかわからないながらも社会の問題をほっておけないという気持ちからとにかく動き回りました。

そんな中大きなターニングポイントになったのが、大学3年のときのフィリピンでの出来事。
「貧困を自分の目でみてその中で生活したい」と思い約一年間留学にいった中で、
フィリピンの貧困の解決を目指す現地の社会企業で4か月インターンを行いました。

そこで、それまでみてきたNPOの活動とは違う「ビジネスで社会問題を解決する」アプロ-チに出会い、
「これなら大きなインパクトを生み出せる!」と可能性を感じました。

同時に、素晴らしいビジョンとビジネスモデルがあるにもかかわらず、
経営者やスタッフ自身が疲弊し、生き生きとしていない状況に疑問をいだき、
日本に帰ってきてからは休学して働き方のコンサルティングを行う企業で約1年間のインターン。

そこから「自分自身が生き生き働くこと」「ただ単に雇用機会を生み出すだけでは意味がなく、生き生きと働く人を増やすこと」にこだわりを 持つようになりました。

その中で、ただ単にこどもがいるだけで働けない、そしてその結果貧困状態に陥ったりやりたいことができなかったりする母親がこの日本にも まだまだ多くいるという現状を目の当たりにし、まずはこの現状を変えよう、と決めました。

日々自分の力不足に向き合う毎日ですが、一刻も早く社会を変える社会起業家になるべく奮闘しています。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。