座右の銘

人生楽しんだもの勝ち

メッセージ

20代にアジアを中心としたバックパーカーをしながら今に至り感じたことは、途上国の現状を目の当たりにしながら何一つ行動に移せていない自分の弱さ。誰よりも経験し感じたことは、自分の財産であると同時にそれを伝えていかなければ意味がない。
タイでは服飾関係のお店をオープンさせ、物作りの大変さを学び、日本に戻っても接客・販売のプロになることだけを目標にやってきました。そんな中、偶然にもボーダレス・ジャパンの求人情報に目がとまり、バングラの現状を知りました。バングラの人々が一生懸命作った素敵な商品を世界中の方へ広めることができるのは自分しかいない、その思いは誰にも負けません。決して立ち止まることの出来ないこの大切な役割を人生をかけて貫いていこうと思います。

わたしの履歴書

1978年4月21日生まれ、二つ上の兄がいます。
小さい頃は、内気な性格で一人で遊ぶことが多かったです。なので幼児期に何を血迷ったかアイスピックで眼球をいじっていたらしく片目の奥に傷があるそうです。笑

小学生低学年の頃、大分から福岡へ父の転勤の為に引っ越してきました。マンションの上を飛行機が通過し、徒歩数分のところにあるマクドナルドに田舎者の僕は衝撃を受けたのを今でも忘れません。

高校では、英語が全く話せないのにイギリスへの短期ホームステイに参加することになり、僕の外国の方々に対する考えが変わるターニングポイントになりました。僕の為になんとか楽しんでもらおうと、いろいろな場所へ連れて行ってもらったり多くの友人を呼んでもくれました。
この時の気持ちが忘れられず、高校卒業してすぐに一人でイギリス一周への旅へ。当時まだ日本でネットが普及していなかったので海外サイトにて友人を募り、駅にて僕の名前入りプラカードを掲げて待っていてくれた時の嬉しさはいうまでもありませんでした。

大学に入ってからは国際文化学科を専攻し、休みを見つけてはアジアを中心に長いときは2ヶ月ぐらいバックパッカーの旅を続けていました。この頃ぐらいから人見知りで内気な性格だった自分が、少しずつ、うるさいくらいよく喋る性格へ。これも今まで出会った大切な友人たちのおかげだと今でも思っています。

大学を卒業し、当時物価も安く住み易いと感じたタイへ7年間移住することになりました。デザインに興味があったのでTシャツや帽子などの自己ブランドを仲間と作りながら人と人を繋ぐアイテムとして当時は雑誌やイベントにも招待されるようになりました。しかし、ビジネスパートナーのタイ人のアメリカ留学もあり、一度見つめ直すいい機会だと思い日本へも戻ることに。
日本へ戻り6年間、アパレル服飾販売のエキスパートとして勤務し、十分な自信が付き次のステップへと思っていた際に、ビジネスレザーファクトリーとの出会いがありました。

今は、バングラの雇用の為に出来ることを最大限に努力しながら毎日最高のメンバーと店舗に立っています。バングラの方々の丁寧な縫製から生まれる素敵な製品が、世界中のお客様の笑顔を作り出しています。近いうちバングラに行ってみなさんに感謝の意を伝えれるようにもっと加速していきたいと思います。
そしてそんな気持ちにさせるのがボーダレス・ジャパンにはあります。

よく私たちの会社ではファミリーという言葉を使います。まさに家族です。
何かに迷ったときは全力で助け合い、時には本音でぶつかりあいます。しかし、家族だからこそ最後は笑って一緒に前に進んでいきます。
そんな会社はどこにもなくここだけだと思います!!

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。