座右の銘

伸びる時には、必ず抵抗がある。

メッセージ

子供を持つ母親として「子供達の未来をもっと明るくしたい!」そう強く願うようになりました。こうした想いを胸に、私と同じ悩みを持つママ達の役に立つ商品を開発するだけでなく、貧困などの社会問題を解決し、途上国の子供達がもっと希望を持って暮らせるよう頑張りたいと思います。

わたしの履歴書

宮崎県の最南端、大自然に囲まれた串間市で4人姉弟の3番目(三女)として生まれました。
当然ながら、女の子の3番目ということで、「またか!」といった感じで、赤ちゃんの頃の写真はほとんどありません(笑)
私が育った地域は、小中学校は1クラス20人くらいのかなりの田舎です。
信号機は1台しかありません。しかも、押しボタン式。
もちろん、出かけるときに家に鍵はかけません。
中学時代から世界各国の生活習慣や人々の暮らしに興味があり、ひたすら地理の資料集を読んでいました。
また、この頃、英語好きの姉の影響でオーストラリアの方と文通をしていました。私は元々英語があまり得意でなかったので、姉に翻訳をしてもらい、さらに文章も手伝ってもらってばかり。結局、文通相手の英語が達筆過ぎて読めずに途中で挫折してしまいました。
高校に入ってからも暇さえあれば地理の資料集や地図帳を眺めては、「ここにはどんな人が住んでいて、どんな生活をしているのだろう」と想いを馳せながらひたすら地理の勉強に没頭しました。
大学も当然、2次試験が地理のみの学科を受け、見事合格。
宮崎県内の大学に通いました。
大学では、ボーダレスハウスのような留学生と一緒に住む学内の寮で過ごしました。

大学卒業後は地理好きがこうじて地図製作会社に就職。新入社員研修では半年間、住宅地図の現地調査のために地図を片手に1日中ひたすら歩くという過酷な研修を受けました。そのなかで、 行ってはいけない某事務所に行ってしまい、無事帰れるかどうかの緊急事態も経験しました。
この経験を通して忍耐・根性が多少なりとも身についたのではないかと思っています。
今でも、自分が新たに地図上に記した建物や道路を見るととても嬉しくなります。
研修後は、カーナビの地図データを作る部署に配属になり、道路データの作成に1年半携わりましたが、結婚を機に退職しました。

ボーダレス・ジャパンとの出会いは、長女が3歳、次女が1歳になって落ち着いたので働きたいと思い、求人誌を見ていた時に、AMOMAでの受注業務のアルバイト募集があり応募したのがきっかけでした。
実は、仕事を始めようと思っていた時にAMOMAの求人を見かけて、気になっていたのですが子供の保育園が決まっていなかったため、一度はあきらめました。
しかし、保育園が決まり本格的に職探しをしていたところ、またAMOMAが求人を出していて、これを見たときに『絶対ここで働きたい!』と思い応募しました。
私も母乳育児で悩んでいた時期があり、「自分の経験を生かして少しでも多くのママたちの役に立ちたい」と強く感じました。
AMOMAで働き始めて1年4ヶ月経った頃、正社員にならないかと打診を受けてボーダレス・ジャパンの正社員になりました。

小さい子供がいて、仕事をすることは本当に大変で、毎日バタバタしながら過ごしていますが、AMOMAをはじめボーダレス・ジャパンは子持ちのママたちの就業の場としても本当に恵まれています。
社内にはキッズルームがあり、子連れ出勤OKの会社は今時そうありません。
子供に、自分が働く姿を見せることができるということは、働いているママにとっては本当にありがたいことです。
子供も、私の仕事を理解し、いつも「ママの会社に行きたい!」と一緒に出社することを楽しみにしています。
今の日本は子持ちのママが働くには厳しい時代です。
いざ出産し働こうと思ったら保育園の空きがない、子供がいるというだけで不採用、妊娠したらやめなければならないという会社も少なくありません。こうした会社はママの力を生かしきれていないと思います。AMOMAスタッフの大半はママで、彼女たちは本当に優秀で、こうした人たちが力を発揮できたらどこの会社にも負けない大きな力を発揮できるはずだと確信しています。

今後、ボーダレス・ジャパンが「主婦にとって日本一働きやすい会社」になり、主婦ならではの目線で様々な社会問題を解決するソーシャルビジネスを生み出す社会事業家ママが誕生する日も近いのではないでしょうか。
いつか『出産後初めて働くならボーダレス・ジャパン!』言われる日が来るよう、社会起業家を本気で目指すメンバーと共に切磋琢磨して頑張っていきたいと思います。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。