座右の銘

人間万事塞翁が馬

メッセージ

「今日から我が家に家族が増えます」
そんな両親の宣言で、写真越しに対面したカンボジアのモーラム君。小学生だった私は彼との文通を通して、学校で教育を受けることが当たり前ではない子供たちの存在を知りました。
それ以来、彼らに何かをしたくて、「カンボジアで青空教室を開く」ことを目指してきました。ですが、高校卒業直後に渡米して通った大学で、青空教室をただ開くだけなら単なる自己満足だと気付いたんです。
その後、カンボジアに何度も足を運んで分かったのが、貧しい暮らしの中でも家族もなく路上で暮らす、いわゆるストリートチルドレンの子供の方が、より緊急に助けを必要としているということでした。
まずは、カンボジアに約2万人いるというストリートチルドレンの中でも特に、幼くて労働もできない年齢の子たちが安全に暮らせる保護施設をつくり、そこで十分な食事と基礎教育を受けられるようにしたいです。

わたしの履歴書


 子供のころから妙に「ボランティア」とついているものが好きで、老人ホームのボランティアを始め、色々と参加していました。
 その中でもカンボジアを特に意識し始めたのは、小学校高学年の時です。
 ある日両親が、リビングに集められた私たち兄弟4人に「今日から我が家に家族が増えます」と言って、1枚の写真を見せてきたんです。そこに写った同い歳くらいの男の子は、泥に汚れた茶色い洋服を着て、裸足でまっすぐ立ってこっちを見ていました。これが、チャイルドスポンサーシップから両親に紹介された、カンボジア人のモーラム君との初対面でした。
 溢れるモノに囲まれて日本で暮らす自分とは対照的に、「あなた方の送ってくれたお金で、色鉛筆を買ってもらいました。ありがとうございます」と色とりどりの絵を描いて送ってくるモーラム君。お金の心配をしながら暮らす子供や、学校で教育を受けることが当たり前ではない子供が本当にいるということを知った私は、彼と自分の生きる環境の違いに衝撃を受け、貧困に苦しむ彼らに何かできないかと考えるようになりました。
 元々、担任の先生に影響されて「先生のように楽しい授業をして、勉強も学校も大好きな子供を増やせる小学校の先生になりたい」と思っていた私の夢が、「カンボジアで学校の先生になって青空教室を開く」というものに変わっていったんです。



 高校3年生の冬、このまま日本で大学に進むべきだろうかと悩みました。「右にならえ」で大学進学を目指す友人たちを見ていると、「大学に進学→企業に就職」することが一般的な日本が、窮屈でつまらない国に思えたんです。
 「私がやりたいことはここにはない。日本を出たい」と思い、卒業式の2週間後、1人でアメリカへ。現地の語学学校に通い、そのまま2年制大学に進学しました。ところがある日、日本にいる母に「カンボジアの人に必要なものは本当に教育なの?」と問われ、私は何も言い返せませんでした。彼らに教育が必要だと伝えられなかったんです。また、カンボジアでは支援金で建てられた学校が上手く機能せず、多くが放置されていると知りました。「カンボジアに青空教室を開くこと」自体が自分の目的になっていて、ただの自己満足だと思いました。
 カンボジアのモーラム君のような境遇の人をなくすために、何をすれば良いのか。考えるうちにソーシャルビジネスに出会いました。利益を追求しつつ根本では社会問題の解決を第1に考える、理想的な手段だと感動しました。
 また、カンボジアに足を運ぶうちに、新たな発見もありました。カンボジアを一周して都市部・農村部を見るうちに、貧困には2つのケースがあると分かったんです。
 貧しくても笑顔が多く無邪気で楽しそうに見える子供と、無表情でこちらを見つめてお金をせびる子供。これを分けているのは、家族の有無でした。貧しくてもお父さん、お母さん、兄弟に囲まれて暮らす子供と、家族から完全に切り離されて路上生活をする、いわゆるストリートチルドレン。前者であったモーラム君に比べ、後者は家族の支えがないため精神的にも貧しく、より早く助けが必要だと思いました。

 カンボジアに約2万人いるというストリートチルドレン、特に労働もできない歳の子供が安全に暮らせる保護施設をつくり、そこで十分な食事をとって基礎教育を受けられるようにすることが、いま私が1番やるべきことだと思っています。



 私がボーダレス・ジャパンと出会ったのは、就活を始める直前でした。国連など国際協力に携わる団体が主催するキャリアフォーラムに、ボーダレスの呉原さんが登壇していたんです。すごい会社があるもんだと一目惚れしたのですが、一般企業に就職して後々独立するという道も考えていたし、世の中の会社を色々見てみたいと思っていたので就活を始めました。
 面接で聞かれる志望動機には全て正直に「社会起業家に必要な能力を培うために就職したい」と答えましたが、「結局、やることは普通の会社と同じでしょ」と言われることが多かったです。
 でも、ボーダレスは「ないと困る」仕事をしていると思います。例えばバングラデシュの工場がなくなると、従業員は次の職場を探せないかもしれませんし、探せても、労働に見合わない賃金しか得られずに貧しい生活に戻るかもしれないからです。また、同じような強い志を持った仲間の集まるこの会社なら、1人で独立して事業をやるよりも速く、大きなインパクトを社会に起こせるはずと思い、入社を決めました。
 労働する年齢にも満たず、家族というセーフティネットもないカンボジアの約2万人のストリートチルドレンが、保護施設で十分な食事をとり、基礎教育を受けられるようにすること。観光客相手に、「ファイブ フォー ワンダラー」と生きるためにわけも分からず覚えた言葉を何度も繰り返しながら、裸足でポストカードを売る子供をなくすこと。
 そして、その保護施設の持続的な運営のためにはどのようなビジネスをすればよいのか、そのプランをまずは考えていきます。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。