座右の銘

まだ何も始まってないし、何も終わってない。

なぜこの仕事をするか

日本の自殺者を0にするため。日本には現在、年間自殺者数約2万人、精神疾患者数約400万人もいると言われています。そういった現状の背景には、現在の日本におけるメンタルケアの選択肢の少なさ、心理的ハードルの高さがあります。誰もが安心して利用することができる心のケアの新しい選択肢を提案していくことで、メンタルケアをより身近なものにし、すべての人が生きやすい社会をつくっていきます。

わたしの履歴書

1994年2月生まれ。3人姉妹の三女で双子の妹。

福岡県のお隣、佐賀県の見渡す限り一面田んぼの町に生まれました。第一次産業に従事している人が多く、それぞれの家の職業を「なす」「トマト」「のり」と呼び合うようなところでした。ちなみに我が家は「きゅうり」でした。

幼い頃から超泣き虫で親戚のおじさんの顔を見るなり泣き出してしまうような子でした。一方で甘えん坊な双子の姉に比べて我慢強かったそうで、わりと放置気味に育てられたそうです。

双子として生まれた者の宿命。それは比べられること。どっちが勝った負けた、先にできるようになったかなど常に比べられ、また自分自身も無意識のうちに比較していました。こうして、誰かと比べる癖は人一倍強く身についていきました。

中学受験をし、双子とは別の学校に進学しました。受験してわざわざくるような学校なだけあって周りの子は才色兼備だらけ。周りと比べて強い劣等感を感じた私はこう心に決めました。「身の丈をわきまえよう」「失敗をしないように当たり障りなく生きよう」そんな思いを抱えながら始まった中学生活でしたが、仲の良い友達もできて毎日とても楽しかったです。

高校では「マネージャーをやってみたい!」という漠然とした憧れから、陸上部の短距離・投擲のマネージャーになりました。先輩後輩に恵まれ、毎日メンバーに会うのが楽しみでした。このとき顧問だった先生には、選手が練習に取り組みやすいように先回りして準備するマネージャーとしての姿勢を教えていただき、その後の人生でもとても役に立ちました。そんな充実した日々を送っていた高3の夏、私の人生を変える大きな出来事がありました。

ある日、今まで一度も休んだことがなかった親友が学校を欠席しました。なんとなく嫌な予感がして電話すると泣きながらこう言いました。「私うつ病だった」と。前日に突然不安に襲われパニックになり、心配した親御さんが病院に連れて行くとうつ病と診断されたとのことでした。そのことを聞いて私は大きなショックを受けました。近くにいたのに気づけなかった、何もしてあげられなかった無力さ。頭が真っ白になって涙があふれだしてきました。あの時の感覚は今でも鮮明に覚えています。

このときの体験から、人を心の面から支える臨床心理士になりたいと思い、心理学を学べる大学に進学ました。
しかし、そこ知ったのは「カウンセラーでは食べていけない」という現実でした。入学したときは心理職を目指していたメンバーのほとんどが一年が経つ頃には諦めてしまう。失敗をしないように当たり障りなく生きてきた私もその一人でした。

また、大学に入学してから私自身も慣れない生活へのストレスから心のバランスを崩してしまうようになりました。夜になると襲ってくる不安から過食嘔吐がやめられず眠れない日々が続きました。しばらくして、仲の良い友達もでき、大学生活にも慣れていったことで徐々によくなっていきましたが、ストレスを感じると過食嘔吐をしてしまう癖はなかなか治りませんでした。 とはいえ大学生活は充実していました。飲み会、旅行、教育実習。どんなにレポートが大変な毎日でも、寝食を共にし良いところも悪いところもさらけ出すことができる友達に出会えたことは私にとって大きな財産になりました。 そして、迎えた大学4年。教員養成大学に通っていましたが、教員は大好きなネイルができない…という理由から就活を始めました。そんなとき、偶然見つけたのがボーダレスのWEBサイトでした。「社会問題をビジネスで解決する」という言葉を目にしたとき頭をよぎったのは、自分が今まで目の当たりにしてきたメンタルヘルスの現状でした。親友のうつ病また自身の摂食障害の経験。私たちだけでなく、多くの人が心に闇を抱えながら生きていることを大学生活の中で知りました。 その一方で、悩んでいる人を助けたいという思いをもちながらも「心理職では食べていけない」という理由で諦めてしまう人もたくさんいる。悩みを抱える人と助けたい人のマッチングが上手くいけば、苦しい思いをしたり、自ら命を絶つことを選択してしまったりする人が一人でも救われるのではないかと思いました。ビジネスを通してこの問題を解決できるかもしれない、そんな一筋の光を感じてボーダレスへの入社を決めました。 今までずっと「失敗をしないように当たり障りなく生きよう」と思っていた私にとっては大きな挑戦でした。実際に新規事業を立ち上げてみて、上手くいかないことだらけで自分がいかに何もできないかを痛感する毎日でした。しかし、上手くいかなかったからこそ今までとは全く違う世界が見えてきてました。苦しいときはボスが言っていた「ベクトルを自分ではなく、社会に向けろ」という言葉を思い出し、自分に言い聞かせています。まだまだ人として未熟な私ですが、一人でも多くの人にとって生きやすい世界をつくっていけるようにできることを毎日精一杯やっていこうと思います。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。