座右の銘

決して恩に着せず、報いを求めることなく、行うべきことを行いたもうなり。

なぜこの仕事をするか

"たまたま日本という恵まれた環境に生まれ、何不自由なく学校にもいけた僕は本当にラッキーだと感じます。
一方で、世界には貧困の中に生まれたというだけで、学校に行くことも、食事すらも十分に食べられないという人達が多くいます。
ただ、この理不尽さを正していく為に、自分に出来る事をやっていきます。"

わたしの履歴書

1993年1月、兵庫県尼崎生まれ。
幼少期からとにかく親を困らせる悪ガキだったようです。

幼稚園では送迎バスの先生に恋をして、それだけが幼稚園に行くモチベーションでした。
その後、家から徒歩1分の「尼崎市立武庫南小学校」に入学。
どこの学校にも学年に一人はいる「冬でも半袖半パンの少年」が僕でした。親に止められても、本当は寒くても、変な意地を張っていた記憶があります。
強烈な思い出としては、小学校5年生の時に生徒をすぐビンタするバイオレントな担任と馬が合わず「先生を辞めると約束しろ」と、クラス皆の前で約束させてしまった事があります。
そんな問題児だったので、母親はよく学校に呼び出され、本当に迷惑をかけてしまったなぁと思っています。

そして「武庫中学校」に入ってからは、小学校から続けていたサッカーを途中で辞め、バスケ部に転部。
性格は少し落ち着き、部活に一生懸命になりました。

その後は「兵庫県立武庫荘総合高校」に進学。
この学校のモットーが、「Vison・Passion・Mission!」「なりたい自分になる!」というかなり個性の強い校風で、その時に形成された自分の人格がまだ続いていると思います。
夜中2時に学校のプールに忍び込み、友人達と真っ裸になって泳いだ思い出は今でも宝物です。
全く勉強もせず、遊んでばかり。本当にフラフラしていた時期でしたが、ラーメン屋のアルバイトで、僕の人生を大きく変える人に出会います。谷居さんという、オーナー店長です。
本当に熱い人で、「お前の夢なんや?」「どんな人生を生きたいかちゃんと考えろよ」と毎日のように、同じ人間として真剣勝負で向き合ってくださり、僕の人生のターニングポイントになりました。

そんな契機もあり高校3年の夏頃からは気持ちを切り替え、関西学院大学に入学すると決めました。
当時の担任に「お前に関学は無理だ」と言われながら、自分を信じて勉強に打ち込んだ時間は、社会に出てからも役立っています(笑)。
何とか合格した大学生活では、何の特徴もないフツーの学生になってしまい、特に熱中出来ることもなく、人生の退屈さに嫌気がさしていました。こんな狭いところでボーッとしているぐらいなら世界を見たいと思い、カナダへ留学。
この経験から、海外に興味を持つようになります。

その後、学生インターンでフィリピンに短期滞在した際に貧富の差やホームレスの家族を目の当たりにし、「見て見ぬ振りをしたくない」と感じるようになりました。
ただ、当時の僕には何も出来ず、世の中に対して影響力(気の食わない事を変える力)を持つ為には、経済的にも実力的にも経営者になるのが一番いいなとボンヤリ考えるようになりました。

その後は、まずは社会人経験をと思い、一般企業に入社。転職を一度経験し、社会人3年が経ったタイミングで次の会社を辞め、独立しました。
前職の経験を活かし、人材斡旋事業や採用コンサルを行いながら、何か直接的に貧困問題解決が出来る事業を作れないかと考えていた時、ボーダレスがやっている社会起業家養成所「ボーダレスアカデミー」に第1期生として入学。
その後、自分一人で闇雲にやるよりもボーダレスというプラットフォームを使った方が圧倒的に早いと感じ、ボーダレスグループにジョイン。

現在は、フィリピンにて貧困問題を継続的に解決出来るビジネスづくりに奮闘中。貧困解決の為のビジネスを次々に生み出せる、「連続社会起業家」となれるように、経営者としても人としてもしっかりと成長していきたいと思います。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。