座右の銘

Love and curry

なぜこの仕事をするか

強い農村を作るには強い農業が必要です。耕作放棄地再生のノウハウを身に着けることで農家をエンパワメントする実力をつけるためにみらい畑で働きます。

わたしの履歴書

出身は富山県南砺市で、実家は創業70年の家具屋です。町中の人が知り合いの小さな町で4人姉妹の長女として生まれました。田舎だったので、田んぼの中の分かれ道で棒を倒して倒れた方向に進む冒険散歩をしたり、紙切れをホチキスで止めて製本した小説を友達と交換したりして遊んでいました。祖父がくれた「しゃべる地球儀」で遊びながら世界195か国(当時)の国名と場所をすべて覚えたり、知らない世界を旅できる読書が好きで年間300冊くらいの本を読んだりしていました。いつも集団の中でひとと違う考え方や感じ方をする自分がいて、周囲の常識が理解できなくて困りました。没頭すると周りが見えなくなるので、よく迷子になる、忘れ物が多い、遅刻魔のしっかりしてない長女としてよく怒られて育ちました。

ある時、中村 安希さんの世界一周ノンフィクション「インパラの朝」を読んで、自分の周りとは異なる生活空間が同じ地球上にあることに衝撃を受けました。そして、母の実家のある大阪でインドカレーに出会ってからは、スパイスから作るカレーの圧倒的カオスと統合に魅了され、本格的なスパイスカレーを自分で作るようになりました。富山県は実はパキスタンカレーの聖地と呼ばれており、中古車業者のパキスタン人がひしめく店内で同じカレーを食べながら、異なる生活空間をリアルに体験しました。カレーを作るうちに、これを毎日食べているインドの人々は何を考えているのだろうと思い、インド哲学を学びたくて京大文学部に入学しました。

大学に入ってすぐ「インドに行きたい」と思ったのですが両親の許可が下りず、ならばインドネシアでということで、ジャカルタの日系工場が立ち並ぶ地域の、日本で3年間働く技能実習生の送り出し機関で日本語教師ボランティアを経験しました。実際に組み立てや溶接、縫製の工場で働く人々と深く関わる中で、グローバル化は、自分の暮らしを支えている世界中の人と経済活動を通じて繋がることなんだと感じました。そして、現状では「どこの誰がどういう状況で作った商品なのか」を見ることはほとんどできず、それによって様々な問題が起きていることも知りました。

そこで「相手の顔が見える経済」を学びたいと思って、フェアトレードの会社でインターンをしました。事業地のインドネシア、カンボジア、山口の農村では初めて農という営みを体験し、自分がいつもカレーにしていた「食材」が、循環する自然の中で自分と対等なひとつの「命」であることを実感しました。

また、それぞれの場所で「この村をこうしたい!」と前向きに夢を語る子どもたちにたくさん出会い、自由を求めて故郷を離れた自分自身の在り方への疑問や罪悪感を感じるようになりました。そして、自分が生まれ育った土地の農の営みを学ぶため富山の有畜循環型里山農場で田植えから稲刈りまで研修生として働きました。

そして、所属していた京大カレー部の活動として、農場で採れた規格外野菜や廃鶏の肉を使ったスパイスカレーをカフェで販売したり、メンバーで様々な中山間地域を訪れては、旬のものを活かしたスパイスカレーをその土地のお祭りで販売したりしました。

訪れたどの村も少子高齢化が進み、若者が稼ぐ場所ではなく、高齢者が余生を過ごす場所になってしまっていました。荒れた山や田畑の背景には、高度経済成長期に自然資源の管理を失敗したことと、社会的・経済的に地位が低い立場にある第一次産業従事者の姿がありました。

富山での研修終了後、行くなら今しかないと思い、インド亜大陸を回る旅に出ました。各州の農村開発NGOの元に滞在しながら、日本の山と同じくインドの山でも、村の人々はその土地の自然を活かして農作物を育てて生活の糧を得ていました。中でも興味を持ったのは、自分をインドまで導いてくれたスパイスの栽培でした。スパイスも農作物であり、それらがどのような自然とひとの関係のもと育まれ、世界に流通しているのかを見たいと思いました。

そして、卒業論文の調査として再度渡航し、インドでカルダモンというスパイスの研究を行いました。インド・ヒマラヤ地域に固有の伝統的な商品作物であったカルダモンの栽培は、ある意味では拡大しある意味では衰退していました。拡大というのは急成長する都市・工業・サービス業と衰退する農村・農業という背景のもと、農村の人々は自給作物栽培から商品作物栽培への転換を選択したため、以前よりはるかに地理的栽培範囲が広がっていたことを指します。一方で衰退というのは、気候変動による病気の増加、新興産地の生産量増加に伴う価格の低迷もあり、高齢化する農家自身に自律的な経営スキルがないために稼げず、離農者が増加していることを指します。

結局のところ私がどこに行っても出会った違和感の根源は、近代化の中で強い農業経営を実践できていないために衰退する農村の姿と、それによって循環する自然から離れていってしまう人々の姿にありました。時代の流れなどと言ってしまうことは簡単ですが、たくさんの価値が詰まった村が衰退していくのを見過ごすことが私にはできません。世界中の農家さんたちが、自分たちの村の自然資源を管理しながらちゃんと農業で生計を立てていて、その商品を世界中の人が使っている。そんな、光景を事業で生み出していきたいと思っています。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。