座右の銘

すべての創造はたった1人の熱狂からはじまる

なぜこの仕事をするか

都心一極集中化を無くし、すべての地域に満遍なく人が流入するようにできる仕組み化を作る。 都市部と差別化を図るため、農業に特化したビジネスの勝ち筋を作る。 同時に、地方で問題とされている耕作放棄地、農業の担い手不足、人口減少を解決。最終的にはそれぞれの地域の特性を掴み、「ここに移住し子育てすれば他では味わえない人材を育成することができる」レベルまで持っていくことが目的。

わたしの履歴書

昭和最後の年63年、9月28日に宮崎市で4兄弟の末っ子として誕生しました。
天秤座ということもあってか、物事に対して常に均衡を取りたがります。

幼児の時は熱狂的なアンパンマン信者で、病院によくあるぬいぐるみを見てはもらえるまでギャン泣きしたり。
思えば「欲しいものはなんとしても手に入れたい」という本能の現れだったかもしれないです。

姉に面倒を見てもらっていたからか、戦隊モノにはそこまで興味が持っておらず、リカちゃん人形で遊んでいたとのことも。
子どもの頃によく聞いたり、歌っていた歌はほとんど女性アーティストでした。

小学校に入ってからは独自の遊びを作り(と言ってもポケモンとドラクエを合わせたようなもの)友人と楽しく遊んでいました。
この遊びを生み出したのも「相手が楽しんだり、喜んだりすることが嬉しい」という感覚があったからかもしれません。

運動は、小学はソフトボール、中学はバレー、大学は軟式野球、社会人になってバドミントンといろいろ手を付けましたが成績を残せるほどではなく・・・。
とはいえ学年リレーで選ばれたりはありましたので、ある程度のレベルまではいけるという器用貧乏な性格だと思います。

元々進学する予定ではなかったのですが、高校の先生から「高卒で地元に就職するんじゃなく、大学に出て視野を広げて可能性を増やしなさい」というアドバイスがきっかけで大学進学を決意。

宮崎という地方から滋賀県の滋賀大学に商業推薦で入学。
この時いろいろな県の友人ができましたが、「宮崎ってどこ?」「めちゃめちゃ田舎やん」このフレーズをもらったことから、生まれた地域による優劣があるのではないかと疑問を持つようになります。

就職は周囲は商社や銀行に進んでいましたが、私は大学時代にアパレルでアルバイトしたきっかけから接客が好きになり、誰かを喜ばせることをしていきたいと思い複合型レジャー施設に就職。

ここから社会人生活が始まりますが、私はこの生活の中で3人のターニングパーソンと出逢い、この出逢いから「人を動かす人を作り出したい!その方法さえ作り出せば、都市部との差別化ができるのでは?そんな場所があったら自分も住みたいし、もっと地方に目を向ける人が増えるかもしれない」と自分が人生を捧げられる目的のきっかけになります。

1人目のターニングパーソンは、新入社員で入社した際の当時アルバイトリーダーをしていた女性スタッフ。
私よりも一回りほど年齢が離れており、驚くほどにいい意味で年の差を感じさせない素振りをしていていました。
スタッフとお客様のことを第一に考え、思ったことはたとえフロアであっても、お客様がいても伝えるというハードな方でした。

自分の主張だけでなく、必ず私の言い分も聞き入れてくれ、何より他スタッフとの間を埋めてくれていたことがとても大きかったです。
この方との出逢いで、職場での立ち居振る舞いがスムーズに行ったことはいうまでもありません。

2人目は次の職場で出会った一歳年上の同期。
口癖は「ゆあっちゃんはどうしたいの?」を常に問いていて、私のしたいことや実現したいことを意識してくれる存在でした。
私の意見をいいね!と同意してくれるのはもちろんですが、なんでそう思うの?なんで今しないの?を問われていましたので、自分の意見をブラッシュアップする機会をたくさんいただくことができました。

3人目は前職で出会った後輩。
この後輩がボーダレスジャパンへのパイプにもなりましたが、彼との出逢いは私が今までみていなかったことを見せてくれる存在でした。彼がのめり込んでいる姿に感化され、思いがけない決断を起こすことも多々。
そこから見える景色もあって刺激が多い毎日を過ごせていました。

この全く異なる3人との出逢いと、たくさんの人に支えられ現在に至っていますが、今までの人生の中で人との出逢いはかけがえのないもので、常に自分に大きな影響と活力を与えてくれると実感しています。
そんな「誰かに影響を与えられる人」を作りたい、そんな地域を目指していきたい、それが私の今目標としている世界です。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。