座右の銘

意志あるところに道は開ける

メッセージ

「大学は、大学に行けなかった人のためにある」大学時代、尊敬する友人たちと何度も確認し合った言葉です。世界には小学校にすら通えない子供たちがいる中で、大学まで学ぶことができたこと。その意味を生涯忘れまいと誓った卒業式の日を忘れずに、一歩一歩前進していきます。

わたしの履歴書

曽我晴香
1990年、神奈川県横浜市生まれ。海と工場夜景が見える団地村で育ったため、旅行すると本能的に海はどの方向か確認する癖があります。

一人っ子なので兄弟と比べられるという経験がなく、マイペースなところがあります。一方で、一人っ子だと思われることをとんでもなく恐れ、人一倍空気を読みながら、しっかり者を目指して生きてきたので、95%の確率で「弟か妹がいそう」と言われます。一人っ子と明かして驚かれると、とてもホッとするのは一人っ子あるあるの一つです。

幼稚園の頃、周りがピアノやバレエなど習い事を始め、母から「何かやる?」と勧められるも、「興味のないことを人に教わるなんて何で?」と子供らしくない反応を示し、両親に一抹の不安を抱かせました。この頃から行動の基準は自分の意思だったようです。
親友のような存在の母から「想いがあれば、何でも叶うよ」と言われ続けて育ったので、根拠のないポジティブ精神を装備しています。

小中高とそれなりに楽しい平々凡々な学生生活を過ごすも、選択の余地もなく決められた授業を受ける毎日が窮屈で、授業中は地図帳ばかり眺めては世界に想いを馳せていました。マイナーな地理やご当地ネタを蓄えたおかげで、初対面の人とも出身地の話ですぐに打ち解けられるようになりました。

学校にいるだけでかなりのエネルギーを使うため、登校時はクラスメート全員に元気に挨拶するも、休み時間にクラスメートと話す力は残っておらず、読書ばかりしていました。お昼休みや体育など、一人が寂しい時にはいつも温かく仲間に入れてくれた友人達には、今でもとても感謝しています。

大学では好きなことだけやろうと、途上国開発に関わる夢を叶えるべく、平和・公共政策学を専攻しました。大学1年次にインドを訪れ、路上で生活する子供たちや今にも死んでしまいそうな赤ちゃんを抱いたお母さんを目の当たりに。生まれた国が違うだけでこんなにも可能性が変わってしまうこと、それに対して何もできない自分の力のなさに悔しさが残りました。

それから、長期留学、バックパッカー、国際協力NGOでインターンと、力を付けたい一心で学生生活に全力投球。卒業後は電力インフラの開発を通して途上国の雇用を増やしたいと、電機メーカーに就職しました。職場では素晴らしい先輩たちに恵まれ、インフラ事業のダイナミックさにやりがいを感じる一方で、インドで出会った子供たちのように貧困に苦しむ人たちの生活を、現地で一緒になって解決していきたいという想いが抑えきれなくなり、ボーダレスファミリーに加わることになりました。

直近の目標は、途上国の素材・原料を活かした商品を開発し、先進国で売れる仕組みを作ることです。一日も早く、描いている途上国開発が行えるよう、何のためかを問い続けながら力を付けていきます!

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。