座右の銘

Il faut vivre comme on pense, sans quoi l’on finira par penser comme on a vécu.

メッセージ

すべての子どもたちが夢を抱いて生きていける幸せな世界を作りたい。

わたしの履歴書

1979年12月生まれ。韓国(密陽市)出身。

私は韓国にある「密陽(ミリャン)」という地名のとおり、ひっそりと美しい光がさしこむ小さな町で生まれました。そこで冬のはじめにすごくかわいい子が生まれたと町にいる多くの人々から愛されて育ったとお母さんが言っていました。

私は責任感が強い長女の姉と長男の弟の間で、自由奔放に育ちました。
小学生の時から将来の希望欄にはデザイナーか幼稚園の先生と書き、二人がテストの点数でお母さんから叱られている時も、私は絵を描いて危機を免れていました。

そんな私は中学2年生のときに世の中には、もっと良い孤児院が必要と考えました。
私にとって一番幸せなときで食事の時間さえもったいないくらい友達と一緒にいることが楽しかった時期ですが、同時に「いじめ」、「暴力教師」、「身分差別」、「学歴社会」といった社会の暗い側面も見てきて、いつしか幼稚園の先生ではなくもっと多くの子供を保護しなければと考え孤児院を作りたいと思うようになりました。
その思いは実現しませんでしたが、重い宿題のように残り、今の私の考えと信念に多くの影響を及ぼしています。

絵を描くことが好きだった私は大学で、メディアデザインを専攻し、広告、アニメーション、映画の講義を受け、一時期は映画ディレクターを志望していました。
社会に出てからは映像編集、写真スタジオ、Webデザインの仕事を経てきました。いろいろな仕事を経験してきましたが、それらは大学で学んだことを1つずつ引き出しているように思います。私はまだ自分の中に内在されている可能性があると考え、日本に来ました。

私にとって仕事は、自分がめざす目的地の途中で、あきらめない努力と人との接し方について学んでいるのだと思っています。
BORDERLESS JAPANに出会い「ソーシャルビジネス」としての会社の信念にひかれ仕事をしています。
何より田口社長と社員のエネルギーに大きな魅力を感じ一目惚れしてしまったのかもしれません。
BORDERLESSJAPANとの出会いで私は目的地に一歩近づいた感じがします。

私の目的地はすべての子どもたちが夢を抱いて生きていける幸せな世界です。あるところでは食べ物が余って捨て、あるところでは食べ物が不足している現実があります。
毎年、開発途上国で1,100万人の子供が死亡しており、そのうちの40%が栄養不良に関連しています。

私は便利で不自由のない生活ができることへの感謝と同時に責任感も持ち、すべての子どもたちのために貢献したいと願っています。
「彼らが夢を見失わない世の中を作っていくために、私の能力と努力をその子供たちのために使いたい。」と、改めて自分に約束します。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。