座右の銘

Just do it !!!

なぜこの仕事をするか

自分で暮らす場所や学ぶ場所を決めることができない子どもたちが、自分らしく過ごしていける社会を作るため。

わたしの履歴書

1993年大阪で生まれ大阪で育ちました。
祖母が画家で、母が子どもの絵画教室を営んでいて、気づけば生まれた時からアートというものが身近にある家庭で育ちました。小さい頃からおしゃべりすることが大好きでどこにいってもすぐにお友達ができ、小学生の時は絵画のコンクールへのチャレンジ、学校の音楽会のパンフレットの表紙の絵を描かせてもらったり、と充実した毎日を送っていました。

ですが小学校3年生頃、ある日突然ご飯が食べられなくなり摂食障害になりました。
いろいろな検査をしても原因不明で最終的には精神科にー。当時は特に悩みはないと思っていましたが、今思い返せば「自分はこうあるべき、こんな風に頑張るべき」という無意識の思い込みをたくさん感じながら生きていたように思います。その頃から、自分の子どもができたときにはこんな経験絶対させたくない!世の中の子どもたちでこんな思いをする子がいてはいけない!と、子どもながらにその気持ちは使命感のようになっていきました。笑

なので、「子どもたちが自分らしく生きられる社会を作る」と掲げている人生のテーマは小学生の頃から持っていたように思います。

大学生になり就職活動が始まり、教育や子どもたちの場作りといった分野の企業を探していましたが、理想の形を探すことはとても難しいことでした。
というのも、こんな場所を作ることを仕事にしたい!という思いと、それをちゃんとビジネスとして持続可能な形にしていくこと、そのバランスの取り方に納得できる答えが出せませんでした。
これだ!と思えるカタチを見つけるまでにまずは力をつけよう、と、まずは不動産ディベロッパー会社に就職。
なにがなんでも納得いく結果を早く出して、本当にやりたいことをちゃんと形にしていきたい!というモチベーションから猛烈に働き、1年目に新人賞を受賞。
それからは本来思っていた「子どもたちの場作りの理想のカタチ」模索していこうと決め、フィリピンセブ島にあるオルタナティブスクールでの活動、大阪にある民間学童保育に務め理想のカタチを模索する日々が始まりました。

子どもたちと長い時間過ごす現場でのお仕事は本当に楽しく、笑ったり、泣いたり、本気でぶつかり合ったり、成長に感動したり、ドラマを見ているような毎日でした。
もちろん楽しいだけではなく、深く関わっていく中で、表面上には現れていない子どもたちの見えづらいしんどさや葛藤、自分と同じように無意識のうちにさまざまなものを抱えてしまっている子がいるのではないかー、そんな場面に直面することも多々ありました。
そんな毎日の中で見えた、作りたいと思う理想のカタチは、子どもたちが""自分らしく""いられる場所を作ること。
その""自分らしく""とは「人と比べずに、周りの目や意見を気にせずに表現ができること!」というテーマにいきつきました。

そこで閃いたのが、小さい頃から身近にあったアートという手段でした。
アートという手段を使えば、人と比べない、正解がない、自分らしく表現する、という概念を作れるかもしれない、と。そう思いすぐに母の絵画教室に弟子入りを始めました。

絵画教室での経験や、そこでおもしろいと思った取り組みを学童保育でも実施してみる。そんな活動を続けていく中で、その仮説は日々確信に変わっていきました。

どうしてもこの理想のカタチをちゃんと持続可能なモデル、ビジネスとしてカタチにしていきたい。
そんなことを考えていた頃に、ボーダレス・ジャパンの募集を見て即!エントリーボタンを押しました。笑

子どもたちが自分らしく生きられる社会を何が何でも実現すべく、自分自身も""自分らしく""日々邁進していきます!

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。