座右の銘

Everything happens for a Reason

メッセージ

世界中に友達ができて知ったのは「決して平等ではない世界」。もちろん世界には生活することや、学ぶ事すらままならない国々がたくさんあると知ってはいました。フィリピンのスモーキーマウンテンでボランティアをした経験もあり、その当時はびっくりする程の衝撃を受けたんです。でもどれほど途上国の貧困に同情しても次の日になれば見事に衝撃は薄まって、いろんな誘惑に負けてしまいます。目の当たりにしたときは自分がいかに幸せか思い知り、「当たり前の幸せに感謝しなきゃ」と思うのに、少し経っただけでいとも簡単に忘れてしまう。そんな中でも先進国と言われる日本人としてできることをしていこうと決めました。私は自分が得意とする「ホスピタリティ」というフィールドから、とことん人と関わって、とことん社会問題に向き合っていきます。

わたしの履歴書

1989年9月1日「防災の日」生まれ。静岡県浜松市出身です。

弟が2人いて、彼らは2歳年下の二卵性双子です。家族5人、全員酒飲み。そして姉弟3人、「引くほど仲が良いね」とよく言われます。両家初孫だったため祖父母からは特にちやほやされて一際愛想が良い子に育ち、今まで、第一印象を悪く思われる経験をしたことは一度もありません。ですので、わりと見かけ倒しなところがあったりします。

地元の小中高を卒業後、名古屋のホスピタリティ系の専門学校へ進学。この時の私ときたら「ノリ」と「勢い」だけのスーパーポジティバーで、今振り返るとするならば、「なんとかなるさ精神も大概にしろ」と自分に言ってやりたくなる程でした。

そんな私が初めての挫折を味わったのは入学後。もうとにかく、言い表せないほどいろんなことに厳しい学校だった上に、当時始めたアルバイトで、徹底した接客教育を受けたこともあり、甘っちょろすぎた私は毎日半泣きになるほどコテンパンにされ、ほんのすこーしだけしっかりした人間になったように思います。

在学中は学校祭の企画や運営に携わったりする中で、リーダーシップやチームワークを学びました。アルバイトでは「お客様の気持ちや立場を想像する事」を特に鍛えられ、当時「自分のものさし」で物事を計りがちだった私は、根底から接客のノウハウを叩き込まれました。

そんな日々の中で、企画することとチームで1つの事を成し遂げることの楽しさを知り、「人に喜んでもらう事が自分の喜び」と、一見キレイゴトのようなことを心の底から感じ、卒業後はウエディングプランナーとして地元浜松に戻ります。

この時も有難いことに素敵な上司や先輩たちに恵まれ、「Happy」が溢れまくる現場で、100組以上の結婚式を担当。インカムをつけて、ハイヒールで大理石を走り回る日々を過ごしました。ただ自分の仕事を全うしているだけなのに「ありがとう!」と言われる。「感動」を演出できる。人の想いや温かさにしか触れない。奇跡のお仕事だな〜と今でも思います。現場が大好きでしたが、入社前から英語の勉強と海外での生活が目標だったため、3年半で退職。同月にオーストラリアへと出発し、語学の習得と現地企業でのインターンに励み、アメリカ・カナダ・東南アジアを旅して帰国しました。

オーストラリアでのインターン中に呉原妹(祐香)と出逢い、彼女とは半年もルームメイトでした。その縁あってボーダレス・ジャパンに出逢い、会社のビジネスビジョンと熱い想いに共感。ソーシャルビジネスへの興味に加えて、すっかりボーダレスファンだった私はBusiness Leather Factoryで期間限定のアルバイトがあるけど来ないか?と言われ、二つ返事で「行きまーす!」と縁もゆかりもない福岡に初上陸。その際に運良く、一緒に働かないかと言って頂けた事もあって入社に至り、現在は同ブランドの店舗開発やお店づくり、採用担当を担当しております。

これまでの出逢いで学んだ「人」と「人」との繋がりの大切さ、そして「誰かのために何かを」という気持ちの尊さ。これは今でも私が重きを置いていることです。ボーダレスには「この国のこの人たちを助けたい!」「この問題で困っている人を救いたい!」という夢がある人たちがたくさんいます。そういう想いを汲んで一緒に走れるような人でありたいなと強く感じています。

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。