座右の銘

みんなちがってみんないい(金子みすゞさん)

なぜこの仕事をするか

私自身、多種多様な方に出会うことで、道が拓けてきたと思っています。 今後は自分がそのような場所を提供したいと思うのと同時に、より多くの人が様々な国のバックグラウンドを知り、異文化を理解することで視野を広げ行動できる人が一人でも多く増えてほしいと願っています。

わたしの履歴書

【私がソーシャルビジネスと出会うまで】

国際協力との出会いは2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロでした。
「何故戦争は起きるのか?」「何故宗教の違いを理由に差別をするのか?」
「世界中の人々は何故信じているものが違うのか」「互いに認め合えないのは何故か」など 私にとってはすべてが素朴に感じる疑問でしたが、決して教科書に載っている答えではありませんでした。

小学生の時に起きた出来事が、今後の人生に大きなきっかけを与え、様々な書籍を読みました。

中でも2001年に出版された「世界がもし100人の村だったら」という本を読み、世界には貧困でご飯を食べられずに亡くなってしまう人が多くいることの反面、巨額の富は一部の人に掌握されている現実を知り、世の中は資本主義によって富の不均衡が生じているということを知るきっかけになりました。

その後、私は国立中高一貫校に進学し、中1〜高3まで一貫して、国際理解と平和について大きな関心を持ち、自分が将来どのような仕事をしたら、世界が変わるのか?なんて大きいことも考えていたりしました。
国際機関で働く方、日本のNGO、NPO、国際NGO、NPO、JICA職員、青年海外協力隊員、大学院の研究者や教授など、可能な限り多くの方にお話を聞いて、自分の進路を考えました。

しかし、何が良いのか、何がしたいのか、どれが適正なのか、答えを出せぬまま大学に進学しました。

大学では、国際関係学を学べる環境、国際協力ボランティアをする部活があるという理由で入学、初めての海外はタイ北部、電気のない農村地帯でのコミュニティ建設ボランティアでした。ここで自分の価値観が変わりました。今まで学術上、貧困層だと定義していた人々の心の豊かさに触れたのです。
「何が不足していますか?」と現地の方に聞いても、「何も不足していない」という返答でした。その答えが衝撃的で、今ある幸せに目を向けることが大事ということや、人の幸せを他人の軸では測れないことを知りました。
私自身、その後の村の生活では、人の優しさに触れ、精神的に満ち足りた生活を送ることができ、生きていることそのものに感謝することができました。

この体験から、物質的豊かさより心の豊かさを大事にしようと決心しました。

帰国後は色々な国の問題やそこで働く人々の考えを知りたいと思いフィリピンの大学へ留学、途上国と呼ばれる国で様々なボランティア活動に参加しました。フィリピンでは、スカベンジャーと呼ばれるゴミ山で働く人々を支援する団体やストリートチルドレンを保護している団体での活動を、カンボジアでは地雷除去の活動を、インドでは死を待つ人の家という施設での清掃活動に参加しました。
その体験で得られたことは、「活動を頑張るのではなく、楽しく働くことでやりがいを感じること」「単発の援助ではなく、持続可能な仕組みを構築すること」「経済活動優先ではなく、社会問題を解決するために働き、利益を得てそれを可能な限り正しい方法で社会に還元すること」でした。
実際にNGOやNPOで働くには寄付や助成金で賄われていることが多く、財源としては活動に限界がありました。このあたりから、社会問題をビジネスで解決するには?という観点になりました。

その時すでに、大学を卒業し、日本の大手金融機関で働くことになりました。民間企業で働くことに決めたのは、民間企業のお金の流れや、ビジネスモデルを知ることと、個人的には基本となる社会スキルを高めたかったからです。

社会人になっても、休みの間はアジアの国々へ行き視野を広めました。
その中でもバングラディッシュにあるグラミン銀行のスタディツアーに参加したことで、自分のやりたいことが見つかりました。それが【ソーシャルビジネス】でした。
バングラディッシュは世界最貧国と言われています。グラミン銀行では、貧しい人々を貧困のループから抜け出すために無利子でお金を貸しています。このビジネスモデルを【マイクロファイナンス】と言います。担保になるのは、村人の信用。実際にグラミン銀行でお金を借りて、スモールビジネスを始め、利益が出たらお金を返していきます。そのサイクルで実際に貧困を抜け出した方の声も聞きました。驚くことに返済率は9割以上にのぼります。

現在グラミン銀行は銀行の枠を超えて、通信事業など様々な事業を行なっている会社です。利益を循環させて、様々な事業を行い、雇用を生んでいるビジネスモデルを見て、「これだ!」と思いました。日本に帰国後も心のどこかで「ソーシャルビジネスに携わりたい」という思いが捨てきれず、勤めていた会社を退社し、現在に至ります。

ボーダレスハウス では、今までの経験や積極的な性格を活かし「差別や偏見のない多文化共生社会を作る」というミッションのもと、コミュニティクリエイターとして入居者さんのサポート、運営に携わっていきたいと思います!

※入社時の内容のため所属が異なる場合があります。