
今回はAurolab(オーロラボ)というインドの企業と、立ち上げにかかわったProject Impactをご紹介します。Aurolabは、前回ご紹介したAravind Eye Hospitalの出資を受け、Aravindが使う人工レンズや縫合糸、点眼薬の製造から始まりました。
人工レンズの価格破壊を起こす
Aurolabも、もちろんAravindの理念を受け継ぎ、「世界中の避けうる失明をなくすために、質の高い医療器具を提供する」ことをミッションとしています。
欧米においては、人工レンズは一枚通常300ドルほどかかっていましたが、Aurolabでは一枚10ドルにまで価格を抑えることに成功しました。しかも、レンズのクオリティは引けを取らない、もしくはそれを上回るほど。
これは、インド国内の人工レンズ市場に価格破壊をもたらしました。現在では、先進国では150ドル程度、途上国では4.5ドル程度にまで人工レンズの価格は下がってきています。
Aurolabは、同様に縫合糸も10ドルものを1.1ドル、40ドルの医薬品を1.5ドルにまで引き下げることに成功しています。レンズに関しては年間180万個を生産しており、25%がAravindの使用、75%は海外に輸出しています。世界の人口レンズ市場でも、10%弱を占める一大企業になっています。
低価格を実現できた要因
先進国の30分の1という驚異的な低価格。Aurolabはなぜ人工レンズの価格をそこまで安くすることができたのでしょうか?ヒントは、ジェネリック医薬品にあります。
医薬品は、薬剤の効果効能に対して特許をとります(20年間有効)。そしてうまく販売できた場合は、独占販売が可能です。ジェネリック医薬品は、その特許が切れて、独占販売期間が終わった先発医薬品をもとに開発した後発医薬品なので、開発費などが安く済むということです。(先発医薬品の研究開発には、約 10~15 年、250~800 億円もかかるといわれており、その費用回収のために値段が高く設定されます。)
Aurolabの製品も、似たように特許の切れた方法などを巧妙に使うことで価格を抑えられています。また、Aravind Eye Hospitalの大量発注をバックに、原価や流通のコストもギリギリに削ることで、さらなるコストカットをしています。
市場全体にインパクトを与える
提携している眼科病院Aravind Eye Hospitalでは、顧客の支払い能力に応じた価格の設定が行われ、27%もの人たちが無料で手術を受けることができ、26%は数ドルの支払いだけで手術を受けることが可能です。これは、Aurolabによる器具・医薬品の供給があってこそ可能になっています。AravindとAurolabは、お互いにうまく支えあう構造になっています。
そして、特筆すべき点がもう一つ。Aravind Eye Hospitalだけでは、病院も限られているし、新病院の立ち上げには時間がかかるため、どうしてもインパクトには限界があります。大きすぎる社会問題に対して、事業スピードが遅いことは、ソーシャルビジネスのジレンマでもあるところです。
しかし、Aurolabは圧倒的な低価格によって、インド、また世界全体での人工レンズの価格を低下させました。これは、手術費用の引き下げにもつながります。そして副次的ではありますが、手術を受けられるほどではなかった階層の一定数が手術を受けられるようになると考えられます。この副次的なインパクトも、実はかなり大きく、AravindやAurolabのミッションの達成を近づけるものですね。
Project Impact
オーロラボの立ち上げに深くかかわったのが、Project Impactです。この団体は、Aravindと同様の理念を世界に広めようとする“社会起業家集団”です。設立者であるDavid Green氏は、Aurolabで成功したこのスキルをもとに、新たな取り組みを始めています。
それは、聴覚障害に対する補聴器です。世界には、1億2千万人の聴覚障害者がいるといわれていて、その中でも途上国では50%が本来防ぐことができる原因によると推定されています。それを阻んでいるのは、貧困です。視覚障害の時と同じ構造です。
そして補聴器は、先進国製のものは1000%ものマージンを取っている一方、途上国のものは質が悪くて使い物にならない。このため、援助機関が使える最適な補聴器もないといわれています。
補聴器でも価格破壊を起こす
David氏はここに目を付け、途上国の最適な価格で、十分に使える補聴器を生産しました。欧米で2,000~3,000ドルかかる補聴器を、最大で200ドルにて販売しています。そしてここでも、買う側の収入に合わせた販売価格を設定しており、それを各国の物価に合わせて適用しています。(将来的には、1,000ドル以上する補聴器を、40~100ドル程度で販売したいとしています。)
また、スケールメリットを生み出すために、Aravindの「フリーキャンプ」のような取り組みも導入し、貧困層へのアクセスも確保します。そして生産施設を各所に設け、各生産施設ことに販売までの権利を委譲することで、利益と、継続性の確保も行う予定です。
Green氏の目の付け所
Green氏は、別に製薬や医療機器に関しての知識があるわけではありません。しかし補聴器に関しては、世界最大の補聴器メーカーであるシーメンスの元幹部を採用するなど、最適な人員をリクルートすることで、研究開発にかかる時間と費用を大幅な削減が可能になっています。
そもそも、医療とは困っている人を助けるものでした。しかしそれがいつの間にか、高価格を追求し、力のある人たちだけが恩恵を享受できるものになってしまっています。私たちのような一般消費者は、医療に関して専門知識はないので、医療の中身はブラックボックスになりがちです。このブラックボックスを明瞭にして低価格化を実現することで、医療を必要としている人たちへのリーチを生み出すことが、Green氏の目標です。
高齢化が進み、医療の崩壊も叫ばれる日本でも、このような取り組みや、社会起業家が増えることを期待するばかりです。