皆さんは、インターネットカフェや24時間営業のお店で一夜を明かしたことはありますか? 私も学生の頃は友達と遊んで、始発までの時間をこれらの場所で過ごした経験があります。

そんな「数時間だけ」「その日限り」といった使い方をする人が多いであろう場所を、生活の拠点として利用せざるをえない人たちがいるのをご存じですか?

今回は、働いているのに貧困から抜け出せずにいる「見えないホームレス」問題について、『Relight株式会社』の市川加奈さんに聞きました。

※インタビュー日:2020年2月18日

東京都だけで約4,000人。支援が届きにくい「見えないホームレス」問題

 市川さんは今、ホームレス問題を解決するための事業をしていると伺っています。

市川加奈 Relight 正確には「ホームレス状態」「見えないホームレス」の人たちに向けた職業紹介業です。『Relight』という会社を立ち上げ、『いえとしごと』というサービスをはじめました。ちなみにクリスさんは、ホームレスと聞くとどんなイメージを持っていますか?

 土手とか公園で暮らしている人、ですかね……。

市川加奈 Relight おそらくそのようなイメージを持っている人は多いと思います。しかし私はそういう人ではなく、ネットカフェや24時間営業のお店を拠点にしている「見えないホームレス」に向けた職業紹介事業を始めました。このような人たちは路上では見かけないものの、日雇いや臨時の仕事で一時的な収入を得ながらなんとか寝る場所を確保している状態なので、決して安定した暮らしができているとは言えないのです。

ネットカフェ

※画像はイメージです。Photo by ヤナギムシ on 写真AC

 国の支援は使えないのでしょうか? 

市川加奈 Relight 使える支援は、もちろんあります。しかしネットカフェや24時間営業のお店を拠点としているホームレスの方々は、路上で生活している人とはちがい実態が見えにくいんです。しかも働けるため支援が届きにくい現状があります。

 役所に行けば、その支援も受けられるんですよね?

市川加奈 Relight 見えないホームレスの人たちの多くは日々の生活に困りすぎていて、役所を頼るという感覚が抜けがちです。実際に私のもとへ相談に来た人の中にも、そもそも役所に行くという選択肢がなかった人もいました。だから見えないホームレスの人たちと役所がつながらない現状があるんです。

 ちなみに今、「見えないホームレス」の人はどれくらいいるのでしょうか?

市川加奈 Relight 2018年に東京都が出した報告書(※1)によると、ネットカフェやマンガ喫茶には1日あたり約4,000人の、「ネットカフェ難民」と呼ばれる見えないホームレスの人たちがいると分かりました。しかし見えないホームレスの中には、違法シェアハウスを利用していたり知り合いの家を転々としていたりする人もいます。しかもこのデータは東京都だけのもの。きっと地方に目を向けると、この数字はもっと膨れ上がると思います。

※1…住居喪失不安定就労者等の実態に関する調査報告書

 「見えないホームレス」問題は、まだ一部分しか見えていないようですね……。

なぜ外に布団を敷いているの? なぜ周りの人は見てみぬふりをするの? ホームレス問題に関心を持ったきっかけ

大阪 西成

▲市川さんが学生時代に撮影した大阪 西成の様子。段ボールやテントで生活している日雇い労働者のかたが多かったそう

 そもそも市川さんはなぜ、「見えないホームレス」の人のために起業しようと思ったのですか?

市川加奈 Relight きっかけは高校生の時に初めて、路上で生活する人を見たことです。それまでホームレスと呼ばれる人を見たことのなかった私にとって、屋外で生活をしている人がいる事実はとても衝撃的でした。またそういう人がいるのに、周りの人は見てみぬふり。「なぜ、外で布団を敷いているの?」「なぜ周りの人は見てみぬふりをするの?」という疑問が頭に浮かびました。

 その時の疑問が、今につながっているんですね。

市川加奈 Relight そうですね。大学に進学してからは社会学や国際協力を学び知見を広げ、貧困の現状を知るために海外の途上国にも足を運びました。そこで出会ったのは、決して経済的に豊かな暮らしをしているとはいえない人たち。しかし彼、彼女たちは、なんだかキラキラと幸せそうに見えたんです。その時に私は「貧乏と貧困はちがうな」と感じ、貧困を解決したいと思うようになりました。

市川加奈

▲学生時代の市川さん。途上国で貧困の現状を目の当たりにしてきた

 貧乏と貧困は、どうちがうのでしょうか?

市川加奈 Relight 孤立しているか否かだと思います。海外の途上国で出会った人たちは、家族や周囲の人と支えあいながら楽しく暮らしているように見えました。一方で日本の貧困、ホームレス問題には、そういう人の存在がいないと思ったんです。実際に全国の炊き出しをまわったり、支援団体に参加したりする中でそう感じました。

 実際にホームレスの方々は、そういう人の存在を必要としているのでしょうか?

市川加奈 Relight 実際にRelightに相談に来る方から「相談できてよかった」「自分だけではどうしたらいいかわからなかった」という声があがるので、あらためて日本には相談できる人が不足しているんだなと感じています。また、たとえ相談できる場所があってもその情報すら知らない人もいて。だから私は事業を立ち上げ、「相談できる場所がある」という情報を見えないホームレスの方々に届けたいと思ったんです。

もはや「職業」ではなく「生き方」紹介!?

 市川さんは、見えないホームレスの人に相談と支援を受けられる場所を届けようと事業を立ち上げたんですよね。なぜその事業に職業紹介を選んだのでしょうか?

市川加奈 Relight 多くの見えないホームレスの人たちは、家庭か労働、もしくはその両方になんらかの問題が生じ、貧困状態に陥っています。ただ家庭の問題を起因とする場合、外部の人間がそこに介入するのは非常に難しいんです。だからまずは、労働の問題でホームレスにならざるを得なかった人たちに新たな仕事を紹介することで、自立できるようにサポートしていこうと考えました。

 ホームレスにならざるを得ない労働の問題にはどんなものがあるのでしょうか?

市川加奈 Relight リストラや給与未払いが多いですね。収入がなくなってしまうため、住む場所も失ってしまうんです。私はこのような「仕事や社会のせいで傷ついている人」のためにできることとして、仕事の紹介をしています。

いえとしごと

 ちなみに現在までに、どれくらい仕事の紹介までつなげられているのでしょうか?

市川加奈 Relight 『いえとしごと』をスタートしてから、950人の方にエントリーをいただきました。そして来社面談につながった人が180人、そこから仕事を紹介できた人は55人、現在も仕事を続けている人は40人います。ちなみに650人のエントリーの内約3割は、地方からの問い合わせでした。(※2020年3月31日時点)

 地方から3割も!

市川加奈 Relight むしろ話を伺っていると、地方の方々の貧困状態はかなり深刻な印象です。とはいえ『いえとしごと』は今のところ、東京近郊のお仕事しか紹介できていません。ここで「残念ながら紹介できません」と言うのは簡単ですが、労働や社会に傷つけられた人たちにさらに深い傷を与えてしまいます。だから私は、その人が住む地域で受けられる行政の支援も紹介するようにしているんです。

 職業紹介の枠から、だいぶはみ出ていますね!

市川加奈 Relight 周りの人からは「“職業”紹介じゃなくて、“生き方”紹介業だよね」と言われることもあるくらいです(笑)。

いえとしごと 利用者

▲Relightでは、相談者のかたと一緒に生き方を模索する

 なぜそこまでするんですか?

市川加奈 Relight 私に相談してきてくれた方は、働きたい、自立したいという気持ちを持ちながらも自力ではどうしようもできなかった人たちがほとんどです。面談でその人が歩んできた人生を聞くたびに私は、その重みのすごさに衝撃を受けています。ただ皆さんに共通しているのが、どんなに苦しくてもこれまでの自分の人生にプライドを持っていること。だから私は、その人のこれからの人生で何が一番ベストなのかを一緒に考えるパートナーでいたいと思っています。

 「“生き方”紹介業」だと言われるのも納得です。

市川加奈 Relight 仕事を紹介するだけなら、どの人材会社でもできると思うんです。職業紹介をする会社である以上、企業に人を紹介して利益が出ればいいわけですし。しかし私は、その人のこれからの人生にも真剣に向き合っていきたいと考えています。だから一見すると非効率なアフターケアにも力を入れているんです。中には就職して自分から連絡をくれた人もいるんですよ。この事業をはじめてよかったなと思えた瞬間でしたね。

いえとしごと Twitter

▲市川さんのもとには、いえとしごとの卒業生が訪れる(出典:いえとしごとTwitterアカウント)

実現したいのは、誰もが孤立しないで何度でもやり直せる社会

 東京だけでも4,000人のネットカフェ難民がいて、『いえとしごと』には地方からの問い合わせも多数寄せられていることを考えれば、まだまだ「働きたい」とのぞんでいる見えないホームレスの人はたくさんいそうですね。

市川加奈 Relight きっと全国にそういう人はいると思っています。問い合わせだけでなく、遠くから所持金を全部使って面談に来てくれた人までいるので……。

 その方はどこから来られたのでしょうか?

市川加奈 Relight 一番遠い方だと、福岡からですね。夜行バスと鈍行列車を乗り継いで東京まで来てくれました。他にも大宮から何時間もかけて歩いてきてくれた人もいるんですよ。

いえとしごと Twitter

▲卒業生からのうれしいプレゼントも(出典:いえとしごとTwitterアカウント)

 行動力がすごい……!

市川加奈 Relight 自分の現状を変えたいと遠方から来てくれる人がいる以上、少しでも早く全国に『いえとしごと』を拡大していかないとという気持ちはあります。

 全国にサービスを展開した先に、市川さんはどんな社会を思い描いていますか?

市川加奈 Relight 「誰もが孤立しないで何度でもやり直せる社会」をつくりたいと思っています。最初は「ネットカフェ難民をゼロにする」とも考えていたんですが、当事者に話を聞くとネットカフェでの生活に満足している人もいたんです。本心ではないかもしれませんが……。そういう人に対して仕事を紹介するのは私のエゴだと思うので、働きたい人には働く場所を、支援を知りたい人には情報を届けていく場をつくっていきます。

 自分に合った「生き方」を見つけられる場にもなりそうですね。

市川加奈 Relight そうなれたらうれしいですね。また今危惧されている、潜在ホームレスの問題も解決していきたいと思っています。両親やきょうだいと同居してはいるものの働いていない、いわゆる「ひきこもり」と呼ばれる人たちなのですが、この人たちも家族と離別・死別したらホームレスになる可能性があると言われています。家があっても収入がなければ、貧困状態に陥ってしまいますから。ただ社会とのつながりが薄かった人たちにいきなり仕事を紹介するのは、ハードルが高いと思います。だから『いえとしごと』とはちがうサービスも考えていきたいですね。見えないホームレス問題解決のアプローチは、1つではないと思っています。

Relight株式会社 市川加奈

 

<インタビューを終えて>

今回市川さんの話を聞いていて私は、「私だって、いつホームレス状態になってもおかしくない人生を歩んできたな」と感じていました。

今でこそフリーライターとしてなんとかやっている私ですが、過去に何度も転職をし収入のない不安と戦ってきています。その不安を乗り越えられたのは、家族や友人がいたからこそ。たまたま私には支えてくれる人がいたから、何回もやり直せたのだと思います。

しかし世の中にはあって当たり前だと思われがちな人間関係や社会とのつながりを、自分の意思とは反する形で奪われてしまう人がいるのも事実でしょう。

だからもし自分が誰かにとっての「相談窓口」のような居場所になれれば、「誰もが孤立しないで何度でもやり直せる社会」の実現に一歩近づけるような気がするのです。

 


【参考】
住居喪失不安定就労者等の実態に関する調査報告書 平成30年1月 東京都福祉保健局生活福祉部生活支援課


 

■いえとしごと

公式サイト

事業紹介

■市川加奈さんSNS

FacabookTwitter

 

インタビュー・執筆 / クリス
福岡在住のフリーライター。ボーダレス・ジャパンを4ヶ月で退職し、いまはパートナーとしてインタビューや執筆を手掛ける。愛猫“雛”をおなかに乗せソファに寝っ転がってアニメを見たりマンガを読んだりする時間が至福。仕事よりもこちらに時間を割きすぎる傾向があるが、やるべきことはやる。企業の採用コンテンツやブライダル、エンタメなどのメディアでも執筆。