
皆さんは日々の食事で出た「生ごみ」、どのように処分していますか? きっとキッチンのごみ箱に捨てている人も多いのではないでしょうか。ちなみに私は、キッチンのごみ箱にバンバン捨てて、すぐにいっぱいにしてしまいます。
そんな毎日出る生ごみを、捨てずにもっとおいしい野菜づくりにいかせる「コンポスト」という取り組みがあると耳にしました。
そしてそのコンポストで「ローカルフードサイクリング株式会社」という会社をつくったのが、たいら 由以子さんです。
コンポストの事業とは? そもそもコンポストって何なのか? 話を伺いました。
目次
※インタビュー日:2019年12月25日
安心して食べられる食材の入手は、お金と労力次第!? コンポストで起業したきっかけは、父の看病で感じた怒り
「コンポスト」事業についてお伺いする前に、そもそもコンポストって何ですか?
生ごみなどの有機物を、微生物の力を使って分解させて、植物の根っこが吸収できる堆肥にすることです。
何のために堆肥をつくるんですか?
植物が育つ土の環境をよくするためです。土がよくなれば、野菜もおいしく育つんですよ。
肥料とはちがうのでしょうか?
堆肥は水はけと水持ちをよくしてくれるので、植物が根を張りやすい環境を整えてくれるんですよ。しかも生ごみコンポストの場合、有機物を分解するためにたくさんの微生物が活躍してくれるので、栄養も豊富です。コンポストを続ければ、工夫次第で肥料や農薬の量を減らした野菜を育てられますよ。
▲コンポストの堆肥ですくすく育ったにんじん
ごみとして捨てていたものをいかして、おいしい野菜が食べられるってことですね。でもなぜ、そのコンポストで事業を立ち上げようと?
安心して食べられる食材が並ぶ食卓を、自分の手でつくりたいと思ったからです。
そう思ったきっかけは?
きっかけは、父の看病です。ガンで余命3カ月の宣告を受けた父が自宅での療養を希望した際、私は食事担当となり、食養生に取り組むことになりました。
しょくようじょう?
日々の食事の質をよくして、健康の維持を図ることです。私は大学で栄養学を学んでいたので、その知識がいかせると思っていました。しかし実際は、知識をいかす以前の問題とぶつかって……。
どんな問題だったのでしょうか?
父に安心して食べさせられる無農薬の食材が、そもそも見つからなかったんです。見つかっても鮮度が落ちていて。だから父が亡くなるまで、本当にいろんな場所を駆けずり回って、食材や情報をかき集めました。しかも食材の栄養の情報も結構古くて、1から学び直しに近いものがありましたし。
大変だったんですね……。
でも食養生に取り組んだ結果、余命3カ月と言われていた父が2年生きてくれたんです。まっ茶色だった父の顔色がどんどんよくなるのを見て、日々の食事の大切さをあらためて実感しましたね。その一方で、これから子どもたちと囲む食卓に安心して食べられる食材を並べるためには、こんなにもお金や労力が必要なのかと怒りを覚えたんです。
半径2km内の循環が、他人ゴトを自分ゴトに! 誰でもできるコンポストが食卓を変える!
安心して食べられる日々の食事が、お金と労力なくして手に入らないのは、確かにおかしいですよね。ただその怒りが、どうしてコンポストに結びついたのかなと。
食養生に必要な知識を学ぶなかで、自分たちが当たり前に受け取ってきた“快適で利便性の高い食品の購入環境”が、安心して食べられる食材を手に入れにくくしているのではと考えるようになったんです。私たちに身近な場所に並ぶ野菜って、形が整って入るけれども、どういう環境で育ったのかまでは分かりにくいですよね?
確かに。
食材を選択しようにも、その情報がない。また理想とする食材があっても、生活圏内にない状況を打破したくて。特に父の看病中は父のそばを離れられなかったので、半径約2kmが行動範囲だったんです。もしこの小さな範囲内で信頼できる食材が手に入れられる「循環」が生み出せたら、と思ったときにコンポストにたどり着きました。
「たどり着いた」ということは、それまでにコンポスト以外の活動も検討されたのでしょうか?
もちろん、最初からコンポストにたどり着いたわけではありませんよ。森林や田んぼの手入れなどを通して自然との共生を体験する里山活動をしたり、実際に畑を借りて野菜づくりをしたりと、いろんなことをやってみました。ただコンポスト以外の取り組みは、生活圏から遠かったり、労力がかかりすぎたりして、とても続けられませんでした。
住んでいる場所によっては、自然に囲まれた所に行くのも一苦労、みたいな人もいますもんね。
その点コンポストは、各家庭で出た生ごみを使って、どこでも、誰でもできる取り組みです。だから日々の食事をより“自分ゴト”として考えるには、とてもいい方法だなと思って。
確かにいい方法なのかもしれません。ただ、コンポストを知らなければ、解決法の選択肢にも入ってこないかなと思うのですが。
母が昔からコンポストをしていたので、私にとっては身近なものだったんです。
昔からコンポストを知っていたんですね。
わが家は、自給自足もできる生活をしていたんですよ。ただ家が海の近くだったので、土が痩せていて。土を肥やすために母は、生ごみを土に埋め始めました。そのあと、福岡市がコンポストを設置した家庭に助成金を出したのをきっかけに、あらためてその活動に乗っかったんです。
だから堆肥づくりに課題解決の可能性を見い出せたんですね。
母はもちろん、コンポストに詳しい人たちにも話を聞いて回った結果、やはりコンポストは安心して食べられるおいしい食材を生み出すきっかけになると思ったんです。しかも生ごみを燃えるごみとして出さない分、環境にも優しいですし。だからコンポスト名人の母の力も借りて、仲間と一緒にコンポストを広める活動を始めました。
事業化は、もっとコンポストを一般化するために選んだ手段
※出典:循環生活研究所ホームページ
ちなみにこれまでは、NPOとしてコンポスト活動をしていたと伺っています。
はい。「じゅんなま研」こと循環生活研究所というNPO法人を2004年に立ち上げ、これまで活動してきました。
なぜ今回、事業化しようと?
もっとコンポストの広がりを加速させなければと思ったからです。
NPOだと、その加速は難しかったのですか?
NPOでも、年間8万人に広める体制は整えていて、3,000~4,000万の収益も出していました。ただ日本全体における広がりに目をむけると、まだ約9割の人が生ごみを焼却処分している現状があるんです。
事業化には、NPOとは違うアプローチが期待できると?
事業として取り組むことで、利益率を高められると考えたからです。堆肥の現金化って、思った以上に難しいんですよ。だから、さらなる収益を出しながらコンポストを一般的なものとして広められるよう、NPOとは別に会社を立ち上げました。
コンポストで微生物のカワイイ息づかいを楽しんで
ちなみに、どうやってコンポストで収益をあげていくんですか?
都会でも使えるコンポストを販売していきます。
都会でも使える?
これまでのコンポストは、屋外への据え置き型が中心でした。これでは一部の人しか取り組めないので、じゅんなま研(循環生活研究所)では、各家庭のベランダにも置けるダンボール型のコンポストを開発したんです。そして今回の事業化のタイミングで、さらに持ち運びも手軽にできる“トートバッグ型”の「LFCコンポストセット」を開発しました。
トートバッグ型なら、持ち運びもできて場所も取らなそうです。ただ、農業や家庭菜園をしない人はそもそも堆肥を必要としないかと……。
そこはNPOでしていた「ローカルフードサイクリング」という、コンポスト回収を含めた取り組みで、各家庭でできた堆肥を地域の畑に還元しようと考えています。堆肥を持ってきてくれた人にも、交換回数によって野菜をプレゼントするようにして。
※出典:循環生活研究所ホームページ
また、自分で3週間かけてつくった堆肥を活用して気軽に家庭菜園が始められる「LFCガーデニングセット」というコンポストもつくりました。
家庭菜園って、いろいろ準備するものがありますよね? 正直大変かな、と……。
このコンポストには、家庭菜園用の土と季節の野菜の種が付いているので、自分であれこれそろえる必要はありません。しかも堆肥をつくったバッグはそのままプランターとして使えるので、コンポストだけでなく家庭菜園初心者の人にも優しいキットなんです!
それなら、小学校の生活の授業みたいに気軽に取り組めそう!
それくらい簡単に取り組めたら、誰もが「自分ゴト」としてコンポストに取り組める社会がつくれるんじゃないかなと思っています。
コンポストがすばらしい取り組みというのは分かりました。ただ実は私の母がコンポストに取り組んだことがあり、そのときに虫がわいたと聞いて……。虫が苦手なので、私には無理だなと思ったのですが。
確かに、虫がわくこともあります。ただ今回開発したコンポストは、虫が入りにくい設計でつくったので、安心して使っていただけるかと。また虫がわいても対処法はあります。詳しくはローカルフードサイクリングのよくある質問を見ていただくか、LINEで相談していただける「LFCホットライン」をご利用ください。
サポートがあるなら、初めてのコンポストでも無理なく続けられそうです。
コンポストは続ければ続けるほど、その面白さを実感できる取り組みなんですよ。
コンポストのどんなところが面白いと感じますか?
生ごみを入れると、じんわりと土があたたかくなるんですよ。そのときに、微生物が生きているなと実感できるんです。そうすると不思議なことに、コンポストへの愛着がわいてとてもかわいく思えてくるんです。微生物の息づかいが聞こえてくるようで。
微生物への愛着が芽生えるとは、なかなかのマニアっぷりですね。
入れる生ごみによって温度も変わるので、微生物の好みがはっきりと分かるんですよ。またコンポストはおいしい野菜づくりにいかせるだけでなく、生ごみを燃えるごみとして処分せずに済みます。日々の習慣がエコにつながるんです。だから自分の食卓にも周りの環境にも優しいコンポストを、より多くの人に届けていきたいですね。
<インタビューを終えて>
今の世の中で安心して食べられる食材を手に入れるための手段は、いろいろあるようで案外ないのだと、たいらさんの話を聞いて感じました。
毎日の食事で出た生ごみを入れて、ちょっとかき混ぜる。
その堆肥を、地域の畑に還元する。
その堆肥で育った野菜を食べる。
安心して食べられる食材が並ぶ食卓は、コンポストのような気軽にできる日々の習慣を通して、自分の手でつくっていくのも1つの手なのかもしれません。
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インタビュー・執筆 / クリス
福岡在住のフリーライター。ボーダレス・ジャパンを4ヶ月で退職し、いまはパートナーとしてインタビューや執筆を手掛ける。愛猫“雛”をおなかに乗せソファに寝っ転がってアニメを見たりマンガを読んだりする時間が至福。仕事よりもこちらに時間を割きすぎる傾向があるが、やるべきことはやる。企業の採用コンテンツやブライダル、エンタメなどのメディアでも執筆。