
社会問題を解決するための「ソーシャルビジネス」しかやらないボーダレス・ジャパンには毎年、社会起業家の卵である新入社員が「起業家コース」で入社しています。彼らがまず目指すのは、2年以内の起業。その期間内に、ボーダレスグループの会社でビジネスを実践的に学びながら、自分のビジネスプランを練っていきます。
その一方で、起業家コースで入社して2年たったけれども、修業先の会社にそのまま残っている社員もいます。その一人が今回取材をした、「アース」こと横山玖未子さん。彼女は今、ビジネスレザーファクトリーでマーケティングを担当しています。
起業家を志していた彼女が事業をサポートする側にまわる決意をした理由を聞くと、なんとかしたい社会問題との向き合い方のヒントが見えてきました。
※インタビュー日:2019年11月6日
防災で大切な人をまもるため、私はボーダレスの門をたたいた
アースさん、今日はよろしくお願いします。それにしても、一切名前と関係ないニックネームですよね? お友達にもアースって呼ばれているんですか?
いえ、ボーダレスの中だけですよ(笑)! 由来は「Earthquake(地震)」からきています。
なんとも不吉な……。なぜ、そう呼ばれるようになったんですか?
「防災事業をやりたい」と、ボーダレスに入社したからです。
なぜ防災事業をやりたかったんですか?
防げたはずの災害による被害で苦しむ人をなくしたい、大切な人たちに防災の意識を持ってほしいと思ったからです。私は神戸出身で、生まれた年に阪神淡路大震災を経験しています。当時は2カ月の赤ちゃんだったので「被災した」実感はありませんが、小学校から高校までの毎年1月17日は黙とうをしていたので、阪神淡路大震災を常に身近に感じていたんです。しかしそう感じられていたのは神戸にいたからだと、大学に進学し地元を離れて初めて気付きました。
地元を離れて、どうして震災が身近なものではないと思ったのですか?
1月17日が、地元以外の人にとっては普通の平日なんだと感じたからです。1月17日の黙とうが、一歩地元を出るだけでそれが当たり前ではないと知りました。
福岡出身の私も、1月17日に黙とうをした記憶はないかも……。
私が生まれてから20年のタイミングで、阪神淡路大震災がメディアでたくさん取り上げられたときも、どこかもうはるか昔のことのように扱われているなと感じたんですよね。
歴史の教科書にも載っていますしね……。史実みたいに感じてしまうというか。
どんなにひどい震災でも、時がたつとともに風化していくんだな、他人ゴトになってしまうんだなと感じたときに、防災に関心を持つようになりました。
私も忘れないようにしないととは思いつつ、やはり日常では考える機会がそうないですね……。しかしあくまで防災事業をしたいと思ったのは「防げたはずの災害被害をなくしたい、防災意識を持ってほしい」という想いでしたよね? 風化を恐れただけなら、そこまでの考えにいかない気がします。
神戸にある震災博物館「人と防災未来センター」で、阪神淡路大震災で役に立った被災時の教訓を教えてもらったことが、防災を強く意識するようになったきっかけです。
どんな教訓だったんですか?
がれきの下敷きになっても笛やライトがあれば自分の居場所を知らせられる、3日分の非常食があれば自分の食料だけはしばらく確保できるといった、自分が助かる可能性を少しでも高められる事前準備です。
それは私も知りたい!
本当にためになりました。そして私はこの教訓を聞いたときに、「防ぐ方法もあるのに、防災したほうがいいのに、なぜみんな動かないんだろう」と憤りにも近い感情をもったんです。そこから防災に関する活動を大学でもはじめ、より本格的に防災意識を広めていくための力を求めて、ボーダレス・ジャパンに「起業家コース」の2017年度新入社員として入社しました。
▲入社当時のアースさん
やりたいことは変わってもいい! 私が起業家でなくマーケターを志した理由
ボーダレスに入社してから早速、防災事業の立ち上げをはじめたんですか?
ボーダレスの「起業家コース」の新卒社員はまず、グループの会社で最大2年間の修業を積みます。私は、バングラデシュの雇用問題を解決するために革製品の製造販売をしている「ビジネスレザーファクトリー」へ配属されました。
まったく防災とのつながりがない事業ですね。
あくまでグループ企業で学ぶのは、仕事のやり方やリーダーシップなど、経営者に必要なノウハウです。そのため、自分が解決したい社会問題に取り組む企業に配属されるとは限りません。ただ、どの企業も社長や仲間たちとの距離が近いので、ソーシャルビジネスの立ち上げに必要なことを実践的に学べます。
自分の理想をかなえるために、会社を利用できるんですね! アースさんもビジネスレザーファクトリーの社長から多くのことを盗めたのでは?
いや本当に、社長の原口さんを筆頭にビジレザ(ビジネスレザーファクトリーの略称)の仲間たちには圧倒されっぱなしです。ただ1つ、ここで言っておきたいんですが、私、入社してすでに3年目(2019年当時)なんです……。
それはつまり、アースさんの防災事業が動き出しているってことですよね?
いえ、ビジレザの社員のままです。
たしかボーダレスの企業までの修業期間は最大2年間だったはずでは……?
そうなんですが、私はちょうど3年目を迎えた今年(2019年当時)、「起業家コース」から「スペシャリストコース」へとコースチェンジしたんです。
ス、スペシャリストコース……!?
営業やデザイナー、オペレーターなど、事業の成長に欠かせない人材を目指すコースです。そして私は、マーケターでスペシャリストを目指しました。
防災事業がやりたくて入社したのに、なぜマーケターの道を極めようと?
「世の中のために本気で事業に取り組んでいる人の力になりたい」と思うようになったからです。私は修業期間でビジレザにかかわる人や商品が大好きになり、もっとたくさんの人に知ってもらいたいと思うようになりました。そこで社長の原口さんに相談したところ、私が関心を持っていることついて一緒に考えてくれたんです。その話を通して、私には好きなものを自分の言葉で表現できるようになりたい気持ちがあると気付き、マーケティングに挑戦しようと思ったんです。
起業家からの思い切った方向転換。覚えることもたくさんあるのでは?
それまでは法人のお客さま対応という別の仕事をしていたので、毎日が勉強です。
未経験分野に挑戦するとは、なかなかのチャレンジャーですね。しかしそれだけ、大好きなビジレザを伝えたかったんですね。
はい! また私の好きなことの中にはもちろん「防災をやりたい」気持ちもあります。今学んでいるマーケティングスキルはきっと、防災の大切さを広げることにもつながると思ったので、挑戦しようと決断できました。
防災の大切さを伝える方法を、起業以外に見いだしたんですね。
とはいえ、葛藤はありましたよ。「防災事業をやりたい」とボーダレスに入社したので……。
確かに、諦めたように見られてしまう可能性も……。
入社2年目の夏ごろには、同じオフィスにいるボーダレスメンバーから「いつまでビジレザにいるの?」と聞かれる回数も増えて。皆さんは決して私を追いつめようとして言っているわけではないとは分かっていたのですが、やはりプレッシャーでしたね……。「分かっているから、言わないで~!」と思っていました(笑)。
確かにその状況は、結構きついかもしれません……。
そんな悩みを抱えていた私を救ってくれたのが、「やりたいことが変わるのは悪いことじゃない」というボス(ボーダレス・ジャパン社長 田口一成)の言葉でした。世の中的に「考えが変わるのは悪いこと」と捉えられがちじゃないですか? でも実は、ごく自然なことで。これまでずっと大切にしてきた「防災をなんとかしたい」気持ちも、ビジレザでの修業で感じた「世の中をよくするために頑張っている人の力になりたい」気持ちも、どちらも紛れもなく本物なのだから、考えが変わることに苦しまなくていいと言ってくれたんです。
そんな声をかけられたら、私だったら泣きそう(笑)。
ボスの言葉で心が軽くなり、起業家コースからスペシャリストコースに転向する決断ができましたね。
防災ガール教育プログラムに半泣きで申し込み。防災への熱意は継続中!
話を聞けば聞くほど、アースさんの防災への想いの強さを感じています。
そうですね。ただ「私が本当にやりたいのは、防災ではないかもしれない」と悩んだ時期もあったんですよ。
それは意外です。
やはり自分が起業家コースを選ばなかったことで、それくらいの熱量だったのかなと悩みました。しかしコース転向の際あらためて自分と向き合ってみた結果、世の中にはたくさんの社会問題があってどれも解決しなければならないけれども、私が一番熱量をもって取り組めるのは「防災」だと思ったんです。人生の中で1回ズブズブと防災沼にハマらなければ私は前に進めないと思い、防災ガールに参加しました。
出典:防災ガール公式サイト
防災ガール?
防災ガールは2013年に設立された一般社団法人です。防災ってどこか、硬い、ダサい、おもしろくない印象が強いじゃないですか? それをポップにオシャレに分かりやすく発信して、防災があたりまえの世の中をつくろうと活動してきた団体です。大企業や地方自治体と活発にコラボしたり、海外からも防災コンサルの依頼が舞いこんだりと、防災業界では一目置かれる存在だったんですが、2020年3月11日に解散が決まりました。
なぜそんなにも世の中から必要とされている団体が解散するのでしょうか?
解散理由は、「防災があたりまえの世の中」をつくるためには、防災に取り組む団体がもっと同時多発的に立ち上がる必要性を感じたから。防災ガールにはたくさんの仕事が集まっていたそうなんですが、その状況が防災事業の停滞や思考の停止を生みだす原因になりかねないと考えた結果の「有機的解散」という選択だったそうです。
解散が決まっている団体に、なぜこのタイミングで参加しようと思ったのですか?
防災ガールが解散を選択するにあたり、これまで培ってきたPR手法やノウハウ、人とのつながりをすべて伝授し、いち早く新たな活動を興すための教育プログラムを開催すると知ったからです。私はこのお知らせを見て「何がなんでも参加したい」と、防災ガールの教育プログラムの選考に申し込みました。
選考には通ったのでしょうか?
プログラムの選考には落ちました。もちろん他にも理由はありますが、私は選考基準の1つである「チームでの応募」を満たしていなかったからです。
基準を満たさずに応募するとは……。やはりアースさんは、チャレンジャーですね。
とりあえず友達の名前を借りて、2人での応募と偽ったんですよ(笑)。1次選考は書類審査だったので通ったのですが、2次選考はSkypeでの面接。案の定チームでないのを見抜かれてしまい、落ちました(笑)。
でも今(2019年当時)は、防災ガールに参加しているんですよね?
「チームとしての参加は規定上難しいけれども、運営側で半年間がんばってみない?」というありがたいお声がけをもらって、防災ガール研修生のような立場で運営に参加しています。実は私、面接で「防災をやりたいんです!」「やらないと後悔するんです!」と言い続けたんです。それはもうしつこく(笑)。
うわぁ……。
面接中は半泣きだったと思います(笑)。これまで防災に費やしてきた経験や想いを振り返りながら面接を受けていたせいか、センチメンタルな気持ちになってしまって……。
しつこく想いを伝えたかいがあったんですね。教育プログラムはもう始まっているんですか?
2019年の6月から東京で月に約2回の講座があり、私はその日程に合わせて有給休暇をとって参加していました。
社長には、その有給休暇の取得理由について説明したんですか?
社長の原口さんは、私の防災ガールへの参加を快く応援してくれましたし、メンバーのみんなも私が東京に行くたびに「いってらっしゃい」と笑顔で送り出してくれました。また防災ガールの講座は夜だったので、その日のうちに福岡に戻れないんです。だから翌日のリモートワークも許してもらいました。
▲ビジネスレザーファクトリーのメンバー。笑顔がまぶしい
イレギュラーな働き方にも柔軟に応えてくれるんですね。
私は新卒でボーダレスに入社したので他の会社のことは知りません。しかしまだまだ成長期にある会社が、社員の月に2回の有給休暇とイレギュラーなリモートワークも許してやりたいことを応援するって、そうできることではないと思うんです。だからありがたくて、うれしくて。おそらくビジレザのメンバーでなければ、防災ガールの活動はできなかっただろうと思います。
仲間の応援があるからこそ、防災ガールの活動と仕事の両立がかなっているんですね。しかし、いずれはビジレザの卒業も考えているのでは?
正直自分のこれからについては、まだ想像できません。このままビジレザにいるかもしれないし、ボーダレスグループの別事業の社員になっているかもしれません。ボーダレスをやめて、防災事業をしている会社の社員になっている道もありえますし。
アースさんはこれからもきっと、そのときの考えを大切に自分の道を切り開いていくんですね。
はい。ただ、どの道を進んでいたとしても、その事業で社会をよりよくしようと頑張っている人の力になりたい気持ちは私の中にあり続けると思うんです。だから私は、その事業や人が活動しやすい環境を、世の中に広めるマーケティングの仕事を通して整えていけたらと思っています。
<インタビューを終えて>
最初は、自分が防災事業を立ち上げるために社会起業家を志したアースさん。しかし起業家のノウハウを学ぶなかで自分が本当に極めたいことと出会えた彼女の話を聞いていると、関心のある社会問題との向き合い方は何も、1つだけではないと感じました。
社会起業に限らず、「こうだったらいいのに」と気になることに対して何か行動をする人もいると思います。しかしそのアクションを続ける中で、もっと他にやりたいことや別の課題が見えてくるかもしれません。自分の考えが変わることに対して思い悩むこともあるでしょう。
しかしそのときの自分の考えを大切にすることがもしかしたら、1つめの行動以上に自分に合った方法で気になることと向き合うきっかけになるかもしれません。
■アースさんが活躍するビジネスレザーファクトリー
インタビュー・執筆 / クリス
福岡在住のフリーライター。ボーダレス・ジャパンを4ヶ月で退職し、いまはパートナーとしてインタビューや執筆を手掛ける。愛猫“雛”をおなかに乗せソファに寝っ転がってアニメを見たりマンガを読んだりする時間が至福。仕事よりもこちらに時間を割きすぎる傾向があるが、やるべきことはやる。企業の採用コンテンツやブライダル、エンタメなどのメディアでも執筆。