
熊本地震の発生から2日後の4月16日。銀座のある店の前には、いまだかつてない長い列ができた。そこは、熊本県のアンテナショップ「銀座熊本館」。
“熊本のために、なにかしたい”
そんな想いをもつ人々が多く駆けつけたその日、熊本館は過去最高の売り上げを記録し、その後も品薄の状態が続いているという。
現地に行きたくても、距離の問題からボランティアには駆けつけられない。支援物資はすでにたくさん集まっていて送れない。でも、募金として現金を届けるのは、何だか味気ない。
そんな時に選ばれる「買って応援」という選択肢。被災地支援だけでなく、社会問題を解決する手段の一つとして今、世界各地で“食”に関する様々なアイディアが生まれている。
今回はその例をいくつか紹介しながら、食分野に特化したソーシャルビジネスの可能性を考えてみたい。
生産者と消費者をつなぐ情報誌『食べる通信』
出典:『食べる通信』
「耕作放棄地」という言葉を聞いたことがあるだろうか。農業従事者の高齢化、そして後継者不足から、日本には1年以上作付けがされず、今後も耕作がされる予定がない土地、「耕作放棄地」が増加している。
この土地で発生する“害虫がもたらす周辺の畑への影響・イノシシやクマなどの行動範囲が広がる危険性”と聞くと、他人事のように聞こえるかもしれない。
しかし、その要因である農業の衰退は、食料自給率の低下や生態系の変化を招くなど、日本で生きる誰にとっても、深い関わりがある問題なのだ。
そんな中、農業に関心を持ってもらおうと“世界初”食べ物付きの定期購読誌が東北で創刊された。雑誌の名は『食べる通信』。
「世直しは、食直し」と掲げ、農業を取り巻く問題に挑んでいるユニークな情報誌だ。
定期購読者には、一定の期間ごとに旬の食べ物と、そのつくり手の思いや人生を特集した冊子が届く。それだけでも十分“食”の生産者に想いを馳せることができるが、『食べる通信』はそこで終わらない。
読者とつくり手のみが入ることができるFacebookグループがあり、レシピに関する質問をしたり、応援のメッセージを送ったりと、つくり手とその後も交流をすることができるのだ。
その他にも、生産者に会いに行く現地ツアーや、都会で開催される交流イベントへの参加など「つくり手の顔が見える」を超えて、「つくり手と知り合える」という、普段なかなか得ることのできない経験や感動を与えてくれる。
東北発祥の『食べる通信』は今、北海道から沖縄まで24ヶ所の地域で発刊され、生産者と消費者、そして人と農業を繋いでいる。
シリア難民とイラクの子どもたちを救うチョコレート
出典:JIM=NET
カラフルな缶に描かれた、エキゾチックな花々。描いたのは世界的なアーティストではなく、イラクに住む少女4人だ。彼女たちに共通するのは、全員が白血病などのがんを患っているということ。
湾岸戦争、イラク戦争で使用された劣化ウラン弾による放射能の影響で、イラクにはがんを患う子どもたちが今も多く存在する。
イラクにおける小児がん医療支援を行うNPO団体JIM-NETが、2006年から毎年冬季限定で行うチョコ募金は、私たちが現地の子どもたちを支援できる方法の一つだ。集められた募金は、イラクにおける小児がん患者の医療支援、そしてシリア難民・イラク国内避難民の支援などに充てられる。
団体に500円を募金すると届く、一缶のチョコレート。あざみ、金宝樹、ポインセチア、水仙といった花々が描かれたパッケージは、そっと机に飾って置きたくなるようなデザインだ。
そしてこのチョコレート缶、中身は北海道を代表するブランド“六花亭製菓株式会社”が製造したものだ。時に「フェアトレード」の名を借りて、普段目にするチョコレートが何倍もの価格に跳ね上がる場面に遭遇することがあるが、JIM-NETの企画はそうではない。デザインや中身へのこだわり、その魅せ方から、団体がイラクの少女たちを強く尊重しいていることが伝わってくる。
JIM-NETには、チョコレートの他にも「ポストカード募金」という方法がある。同じく500円を募金すると、花のイラストが描かれたポストカードセットが届く。カードの内側には、その絵を描いたイラクの少女の写真と、ミニストーリーが載っている。
家族がいて、夢があって。私たちと変わらず、ごく普通に生活する少女の姿を目に浮かべることができる貴重なポストカードだ。(JIM-NET WEBページからも閲覧可能)
まだまだ終息の見えないシリアの難民問題。そして、未だに続くイラクの子どもたちの健康被害。チョコ募金は、日本にいながら、そこに手を差し伸べることができる方法の一つだ。
反マフィアを掲げるイタリア産本格パスタ
出典:HUFF POST
「給食でマフィアと闘う」自治体がイタリアにあるという。
そこは、豊かな穀倉地帯が続くイタリア北部にあるエミリア・ロマーニャ州。
この地域のピアチェンツア市の学校では、マフィアから没収した農地で小麦を有機栽培し、その小麦から作られたパスタを給食として提供している。そして、その意義を子供たちに伝えるというユニークな取り組みが行われている。
いわゆる“マフィア”と呼ばれるイタリアの暴力的犯罪組織。日常的に耳にする言葉ではないが、2015年には同州で100人以上がマフィアに関与した疑いで一斉逮捕されるなど、決してその存在を楽観視できない状況だ。
「反マフィア」ブランドの農産物は、イタリア全土に広がる市民団体「リベラ」が手掛けている。リベラは、犯罪組織関係者から没収した財産を社会的な目的に使えるよう政府に働きかけている団体だ。没収した土地を農園や若者の研修施設など、価値のある場所に変える活動をしている。
2011年からリベラの特製パスタを給食として提供している学校では、反マフィア闘争の記念日などに団体メンバーから活動の歴史や、その社会的意義が子供たちに語られる。
有機農法でとれた素材を使ったパスタ は決して安くはない。しかし、給食を通して社会的善悪の基準が子どもの心に残れば、子どもの未来、そして社会は変えられるかもしれない。
社会問題に立ち向かう“食”の可能性
今回取り上げた3つのケースの他にも、食に関わるソーシャルな取り組みは多く存在する。
大量生産、大量消費がもたらす“フードロス”という歪みを解決するスローフード運動。生態系の保存、そして動物保護の観点から始めるベジタリアン、ヴィーガン生活。ホームレスや心に病を抱えた人の社会復帰をサポートする農業。食文化を通じた異文化理解教育と、あげればきりがない。
「おいしい」を嫌いな人はいない。「世代を超えて、国境を越えて、共通して大切にされる“食”で解決できる社会問題は沢山あるはずだ。」そんなことを大真面目に考えながら、これからも“食”を通じたソーシャルアイディアを発信していきたい。