みなさんこんにちは!
海外バディとして入社しましたおーしゃんです!

海外バディって?
ボーダレスの新卒って起業家じゃないの?
なんで起業家の志をもっているのに起業家にならなかったの?

これまでこのような質問をたくさんいただきました。
私にとって「海外バディ」とは人生のゴールまでの通過点、あくまでも手段です。そこで、今回は私が海外バディとして入社した経緯と、私の夢を書きます!

そもそも海外バディって・・・?


一言でいうと、特に海外で起業したい「新人起業家たちをサポートする裏方のプロフェッショナル」だと私は思っています。

 

やりたい事がひとつに決められなかった私


でも、なぜあえて裏方を選ぶのか?
それは、たぶん「やりたい事がひとつに決められなかった」から。

私の夢は「あらゆる不平等をなくし、ひとの選択肢を増やす」こと。生まれた場所や環境、そして性別に左右されない世界にしたいと思っています。

でも、この夢を達成するための手段をずっと見つけられずに悩んでいました。
NGOや国連などで働く?でも、自分はどの地域で何をやりたいのだろう?そもそも、新卒でNGOとか国連って無理じゃない?私は、こんな日々をずっと過ごしていました。

 

そもそも夢を志すまで


小さな頃より社会に馴染めなかった私はずっと「死にたい」と思って生きてきました。
ただぼんやりと過ごすだけの日々に嫌気がさし、15歳になったら自分の人生を終わりにしようと心に決めていました。

だけど、今、私はこうして生きています。

15歳で死ねなかった私が思い至ったこと。
それは、せっかくなら「何かに挑戦しよう」でした。だって16歳からの私の人生は、本当はなかったはずの「人生のボーナスステージ」じゃん!と思ったから。

そんな16歳の私が選んだ最初の挑戦、それはイギリスに1年間留学すること。
全くできなかった英語の壁をなんとか乗り越え、帰国の日。私はとってもお世話になったおばあちゃんに「いつか必ずお礼をします」と伝えました。でも、おばあちゃんは「私なんかじゃなくて、もっと未来ある若者に手を差し伸べてあげて」と言いました。

正直、とても驚きました。
でも、せっかくだったら困っている人に、私が受けた恩を返す人生にしたいと思いました。

それから進学した大学では国際関係学を学び、どうしたら貧困はなくせるのかずっと考えていました。大学だけでは満足できなかった好奇心旺盛な私は、世界を30カ国くらい回ったり、カンボジアに関わるボランティア活動を2年半くらいしたり、イギリスで開発学を学んだり、国際NGOでインターンしたり・・・とにかくいろんなことをしていました。

そして、数え切れないほどの社会問題に触れてきた私がやっと辿り着いた夢が「あらゆる不平等をなくし、ひとの選択肢を増やす」でした。

 

やっと見つけた私の居場所・・・?


やっと目指す方向性は見つけたけど、やりたいことを一つにしぼればかった私。

そんな時に見つけたのが「海外バディ」でした。
正直、見た瞬間すぐにこれだと思いました。社会起業家がそれぞれ目指す社会の実現に向けて一緒に動くことで、私の目指す世界を社会起業家を通して広げていける!と思ったからです。

でも、私にとって海外バディはあくまで手段であって、ゴールではありません。枠にとらわれることなく、不平等のない、人生の選択肢がある社会にするために、これからも走り続けます。